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2018年06月08日10:39

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中国王朝史30 元までのおさらい

唐の滅亡の辺りから通史の年表が無かったのだが

唐
〜五代十国
〜北宋
〜金+南宋
〜モンゴル帝国+南宋〜
〜モンゴル=元
というのが中華帝国の大まかな構図で
この間600年である。

「唐」も世界帝国となり、モンゴル(元)も空前の大帝国となったが
その規模は長くは続かなかった
しかし、中国大陸においては安定政権がしばしば登場する
北宋は弱腰の対外政策を採りながら150年、
南宋時代も合わせれば200年も続いた王朝である。
圧倒的軍事力で世界帝国となったモンゴル帝国も
その世襲制度の特異性から国家が分裂していく事は避けられなかったわけで
詳しくは本稿28の「末子相続」にも述べている。
農耕民族が平和に長期政権を維持するのに
どうやら向いているらしいことは明らかだが
いざ戦争となると
遊牧民族が騎馬生産力にものを言わして圧倒的に強い、という時代が
続いていたのである。
元代末期から明代にかけて、世界に火薬や火器が普及し始めると
その構図が変わり始めるのだが
それについてはまた別の項で述べる事にする。

≪年表12≫
874年  唐代末期最大の内乱「黄巣の乱」が起こる 
907年  もとは黄巣の部下だった朱全忠が「後梁」を興し、「唐」を滅亡させる
907年〜 華北を統治していた「後梁」など「五代」と
       華中華南を統治していた「十国」を合わせて「五代十国」時代と呼び、
       群雄割拠時代に入る
〜960年
960年  「五代」の「後周」から禅譲を受けた趙匡胤が「宋(北宋)」朝を興し中華統一。
     ≪宋(北宋)の時代≫
1127年 「靖康の変」が起き、宋の皇帝ら皇族が「金」に拉致される
1127年 臨安(現・杭州)に逃れた高宗が継続王朝の「南宋」を建てる
1203年 ボルジギン氏のテムジンがモンゴルを統一し
       「チンギスカン(※本稿ではチンギス・ハンと呼ぶ」」を名乗る。
       以降、「モンゴル帝国」となる。
1227年 チンギスハン没す
1234年 華北を制圧していた完顔氏の「金」朝が「モンゴル帝国」に滅ぼされる。
1271年 「モンゴル帝国」は首都を大都(現在の北京)に移し、国号を「元(大元)」朝に改める
1279年 「元」朝が「崖山の戦い」で「南宋」を滅ぼし、中華統一王朝の要件を満たす
1351年 飢饉等国内混乱を機に発生した「白蓮教徒(紅巾党)の乱」が起きる
1368年 紅巾党の中から出た朱元璋が南京で即位し「明」朝を興す
1368年 「明」が北伐を行い、「元」朝は北走しモンゴルに撤退、以降は「北元」として区別する
1421年 首都を南京から北京に移す

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