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2018年05月28日15:22

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中国王朝史24 宋の時代��

★宋の時代

軍事的な展開とは別に文化的には充実した期間であった。
「隋」代に開始した科挙が最も充実を迎えた時期であり、
その課題科目でもあった儒学に基づいた学問も発達した。

北宋の時代に隆盛をみたのは「宋学」と呼ばれる新しい学問のグループで、
その中の「新学」を創出した「王安石(おうあんせき)」は
「(王安石の)新法」と呼ばれる政治改革を行い、
宋王朝の赤字財政を立て直そうとした。
しかし、大旱魃などを理由に排斥され上手くは行かなかった。

また「宋」代は総じて北方民族からの襲撃に備えるための軍事費に
歳出を費やしており、経済的に困窮し始めている。
契丹族は耶律氏の「遼」が渤海から華北にかけて、
タングート族の「西夏」がその西方に展開し、
「宋」の国土を脅かそうとしていたのである。

また「南宋」期には、
後の思想界の中心となる「朱熹(しゅき)」が新儒教となる「朱子学」を大成させ、
現在に至るまでの儒学・朱子学に連なり長く影響を及ぼしている。
書道や絵画も発達した。
皇帝である徽宗も書の名人として著名であり
「東晋」時代の書の大家「王羲之」の筆致を真似た書などが残されている。
因みに王羲之の直筆の書は現存していないが、
宋代に彼を真似た書は山ほど残されている。
絵画に至っては、この時代に最盛期を迎えたのが「山水画」である。
漢詩は「蘇軾」が有名で、彼の周りには多くの才能が集まったという。
食文化もこの時までに現在の中華料理の原型となる料理はほとんど登場し、
「唐」代に始まったとされる喫茶習慣に至っては
皇帝から庶民まで生活の一部として切り離せなくなるほど普及したのである。
言い方は乱暴だが、
我々がイメージするトラディショナルな「中華」のイメージは
「宋」代に大成したものが殆どだという事である。

また日本とは「日宋貿易」が行われていた。
「宋」代(960〜1279年)は、日本では平安時代から鎌倉時代にかけての時期となる。
遣唐使が中止となった894年以降も
博多港などから高麗を通じて北宋と貿易を行っていたほか
越前の敦賀港に拠点があった平氏が
独自に貿易を発展させるなどし、佐賀の神崎港、福岡の博多港を知行して
一気に発達させたことは知られている。
中でも瀬戸内海を積極的に開発した平清盛は
日宋貿易を盛んに行った一人である。
「元」による滅亡に至るまで絶えず行われていたようだが
「元」代に入るとやや衰退した模様である。

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