mixiユーザー(id:6231411)

2018年05月24日13:01

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もっとやり様があったはず

これで良いとは思えないが。。。

※前々回の日記より続きになる
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1966671730&owner_id=6231411

前日の宮川元部員の謝罪会見に反駁するかのように
日大アメフット部の内田元監督と井上コーチの会見があり
興味深い想いでそれを拝見した。
会見内容は殆どが質疑応答であるが
全てがそれとは言わぬまでも、誘導尋問というか稚拙な質問内容で
質問者による「期待するコメント」を引き出したい思いが
ありありと感じられて全体的に不快であった

一方で答える側の回答についても
質問に対しての回答ではなく
自らが主張したい内容を繰り返すだけの
政治家の答弁よろしく不快感満載の回答で腹立たしかった。

会見で明らかにされたかったのは
宮川部員の行動と監督&コーチの指示の相関性であり
「(部員に対して)悪いと思っているのか」
「(辞めないで)フットボールをしてもらいたいのか」
など、謝罪前提のどうでも良い回答を引き出したいわけではなかっただろう

この件に関しての前々回の日記でも触れたが
ボディコンタクトのあるスポーツに於いて
試合中の展開と合法的なコンタクトで
「相手を潰す」という事は実態として存在しているわけで
「潰す」
「怪我をさせてもやむを得ない」
「相手の事を気にするな」
という指示が即ち
「プレー中断中に背後から襲ってでも怪我をさせろ」
という意味にならないであろうことは
前回も述べたとおりである。
仮にここに裁判だの弁護士だのが登場して
「プレー中に相手を怪我させても仕方がない」という認識が
違法であり暴力行為であり避けるべき事、だなんて判例が出ようものなら
それはアメフット自体の存在を否定するようなものである。

前回の日記では、
この競技での「どの程度のコンタクトが許容されているか」
を例示するNFLのウォーレン・サップ選手の激しいプレイの動画を添付した。
決してお手本だとは言えないが、その程度のタックルと
そこで起きるインジュアリーへの可能性は競技に関わるものについて
許容される範囲であると僕は認識している。

つまり、
怪我をさせた事 ⇒ 仕方のない事
怪我をさせてしまうかもしれないくらい激しいタックル ⇒ 目指すべき事
についての議論は、
「アメフットとは何ぞや」と同等のものであり、
今回の記者会見とは切り離すべきである。 

一方で
宮川元部員の謝罪会見にもあったように
「ボールを離してから何秒も経過したQBを背後からタックルした」
という反則の事実が持つ悪質な部分は特に変わらず
本人もそれが「一線を越えた重大な悪事」である事を認識していたのは
会見においても確認されたわけである。

但し、これを監督とコーチによるプレッシャー、或いは指示によるものと
本人は主張していたわけであり
その考えに至る具体的な発言の過程も示された事はポイントで
「言葉の言い換え」「解釈の違い」が存在し
現に宮川元選手の言葉にも
最初の背後からのタックル後に
井上コーチから
「(露骨に反則に走るのではなく)ボール保持者に(タックルに)行け」
と修正の指示が入っていたと認めている。
宮川元選手はこれも認めるところで
頭の中は「QB潰し」一色に染まっていて、
以降の反則は勢いで行った事も確認されている。

つまり、監督の言う「乖離」も存在していたのである。
「おいおい、そうじゃないよ。やり過ぎだよ、それじゃ」と
少なくとも井上コーチは認識していたのだ。

しかしながら「認識の乖離」が仮にあったのだとしても
「同じポジションの人間は聞いていたはず」
「他の選手も感じている事」
を拾い上げれば、
「プレーに関わらず、怪我をさせてこい」(意訳)
と宮川元部員が理解して当然の表現で指示していたかどうかは
詳らかにされていくのではないか
ここもポイントにしたい。
誰しもが誤解するようなプレッシャー・檄を飛ばし
「認識の乖離」を導いたのは一体誰でどういう過程だったのか、という点である。

次いで
起きてしまった出来事に対しての対処の拙さ、も
この問題を複雑にさせている。

最初にこの反則行為が繰り返されている事に対して
「指示通りではない」「指示内容と乖離がある」
或いは
「(相手選手と相手チームに)とんでもないことをしてくれた」
との認識があれば、試合中または即時にこれへの対応があった筈である。
少なくとも、「怪我をさせても仕方ない」との認識は
確認された事であるから気にも留めていないし、
謝罪への対応も拙かった事は事実だ

しかも、事前に「関学との対抗戦は無くなっても構わない」と
発言していたことなどから、
この部分の悪質さは指弾されるに値すると思う。

その上、試合直後のインタビューで
行き過ぎたラフプレーに対しても
その程度の激しさを出していけ、と普段から指示している事なので
「やり過ぎた反則の一つや二つは起きうる」という意味の
「私がさせている事、責任は私にある」と内田元監督は発言しているのである。
これは怪我をさせられた選手と相手チームへの謝罪ではなく
「お前ら、やり過ぎじゃないか?」というメディアからの質問に対して
弁明を行っているだけであり
起きてしまった怪我や、ちょっとした行き過ぎ行為で
「いちいち選手個人を責め立ててくれるな!」という牽制だったのではないか

そう考えると
相手チームに謝罪に行く意思もなく
宮川元選手本人が「謝罪に行きたい」という申し出を抑え込んだり
いつまで経っても監督本人と、当該コーチである井上コーチが
公の場に現れなかったのも、ある程度辻褄が合うのではないか

この際、日大ブランドがどうの、というのは
問題の本質から完全に逸脱しているのであり
或いは内田氏が大学本部の要職を離れるだの
大学内部のもっと悪質な姿勢がどうのこうの
※http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1966699419&owner_id=6231411
とも全くの別問題だという事になる。

内田氏は
事の重大さを認識した時点で
当該選手とコーチを連れて早々に謝罪を行い
自分たちの指導の行き違いと
選手本人のプレッシャーによる逸脱を詫びておけば
被害選手と関学チームに不愉快で不満な思いをさせずに済んだ
それを自分のプライドや
自分たちの方針の正しさを守ろうとするあまり
タイミングと態度について誤ったものがあった事を
さっさと認めればよかっただけではないのか

僕は、喩えは悪いが
「酔っぱらい」が犯す犯罪が
痴漢なのか殺人なのか暴力行為なのか暴言行為なのか
全く分からないのと同じで
プレッシャーで追い込まれた若い学生が採る行動が
しばしば極端に走り過ぎることもある事を
社会全体が許すか許さないか、と
近い意味があるように思う。

キチンとこの世界の慣習や当該者の立場や問題点を
整理した上で会見に臨まず、
意地悪く失言を待ち、
「絶対悪」と決めつけられた両氏を質問責めにしただけの会見に
ほとんど意味を為さなかったことは
これまた日大という大学の失策でもあるだろう。

いくら世の中が思い通りに事が運ばないものだとしても
これでは世論が煽られてしまい
日大のネガティブイメージが懸命に隠されていたものも
無駄になってしまうのではないか
広告看板も「日本大学」ではなく「スポーツ日大」だからね


日大ブランド「落ちません」司会者と報道陣押し問答
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=8&from=diary&id=5123873

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