mixiユーザー(id:6231411)

2018年02月26日18:08

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どうすりゃ良いのかは分からん

ホワイトカラーエグゼンプション、という単語を最初に耳にしたのは
2005年か2006年だっただろうか

当時、労働組合の役員をしていたので
労働時間調査などをしていたからであるが
自分の会社は世間と逆行していて
→みなし残業時間制だったのを、実測時間制に
→実測時間で職場別のみなし時間を再設定し
「職場手当」に
とどめに
→やっぱり実測時間制に
と言ったり来たりするものだから、従業員に不利益変更がないように、
仮にあれば「補填」という名の調整金を会社からゲットするのが
組合の仕事の一つだった。

しかし、それは社内に少なからずブルーカラー(製造業労働者や肉体労働者)が
存在しているから可能だったわけで、社員の大部分はホワイトカラーだったから
「みなし時間制度」はある意味合理的であり
当時、同業他社が特定の職場に導入して物議を醸していた
裁量労働制の研究からも
「会社に労働者が都合よく働かされるのは反対だ!」
とこれまた時代錯誤な反論をしていた事も関係している。

だが、一定の仕事を
どれだけ短く、
或いは
決められた時間内でどれだけ多く仕事ができるのか
で仕事の成果が決まる部署に所属していた僕にとっては
時間で労働量を測られるのに対しては
幾つも問題点がある、と指摘したかっただけである。

労働量の数値化、を無理に行えば
そこに絶対的に「時間」という単位が取り入れられる。
しかし、成果と時間は直結しない。
何かを時間に対するバイアスにしなければ労働量にはならないのである。

だが、「受付嬢」をイメージした時
そこに何人のお客が来ようとも、一人もお客が来なくとも
来た時に対応する為にその席に居ること自体が労働の基準になっている。
この時は「時間」は単純軸である。
この労働単位を適用できる職種に対しては時間軸に比例した賃金が支払われるべき、
と考えるのである。
言い換えれば、雇用者は従業員に対し
一定の労働能力が備わるように教育し、自らが適切と思われる時給単価で
彼らを所定時間働かせばいいのである。

更に時間の問題で言うと
ホワイトカラーに対しては「残業時間」の条件が一つの縛りになっている。
それ以外にも月間或いは週間の休日設定や所定労働時間の上限なども
きっかり定められている。
これを考えた時、週40時間、などという
「客商売で、それ守れますか?」みたいな上限設定も
業種によっては無理があると考えられるのだ。

質の問題に踏み込むと
細かく個人の査定を数値化して行わねばならず
能力に低下がみられた社員の時給単価いちいち下げられるのか??
って話

ここで頼りになるのが、時間の上限設定、になってしまうのが
この裁量労働制の大きな課題なのである。
もつと自由な勤務体系で効率的に働ける環境をイメージして
或いは管理者が各個人の労働範囲を細かく指示して設定するか

自由を奪う事でしか、自由が設定できない悩みがあるわけである。

飽くまで個人的な意見を述べてしまったが
職種によって「時間」にかける係数の種類が違う、ということだけは
我々の心の中に刻んでおきたい。

■異常値、新たに233件=安倍首相「データ撤回せず」−労働時間調査
(時事通信社 - 02月26日 15:05)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=5003393
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