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2017年12月20日12:21

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違和感と言えばエリック・ヒルマン

フォト

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最近、「美しい顔」を他薦で選んだものに
何某かのステータスを創出しようという動きが
目につく
いわゆる●●“ランキング”というヤツである。

しかし、男性もさることながら
女性の整形についてはいよいよ度が過ぎて来た気がする。
化粧が上手であったり濃いというのは
まぁ個人の好みの問題もあるだろうけど
好きな人は好きにしたらいいと思うのだが
整形となると個人的にはどうかと思うのだ。

好きとか嫌いを議論するのではなく
明らかに不自然な顔つきになっている人が
目について仕方ないのだが、それを
「きれいな顔」と評価する人が多いのが
何とも納得できないのである。

写真は人間の頭蓋骨と
鼻の部分を整形したであろうと
僕が勝手に判定したとあるタレントの写真である。
頭蓋骨の骨格を見ると、額から目と目の間と言うのは
基本的に骨格として「窪んで」いるので
横から見てそこが真っすぐになっているのは
種族的におかしいと感じるのである。
タレントの写真は鼻筋を通すために
そこに額まで真っすぐの「何か」が走っているのが分かる。

目尻を切開したり、骨を削ったりと言うのは
僕の中では「別に奇麗になるなら良いんじゃない」と
思っている事。

だけど、正面からの見栄えだけを追求しているのか
人間と言う動物として違和感を感じる「鼻筋」を
新たに構築するというのは違和感しか感じない。
意味合い的には舌や鼻にピアスを入れているのと
同じくらい、「普通じゃない」のである

正直なところ、本人のその美意識に対しては僕は許容的である。
本人がそうしたいのを止めるつもりも無ければ
本人がそれが美しいと思うのならば
(もちろん、自己責任で)どんどんやればよいと思うのであるが
それを「美しい」と第三者が評価しているのであれば
或いは、タレントがそうしたことに対して
第三者が評価するだろうと想定して仕事に起用しているのだとしたら
それを美しいもの、と感じる感覚が社会的に広まっているのだ、と
考えることができる。
僕の違和感はそこなのである。

美しいか美しくないかは主観の問題ではあるから
それは別に構わない。
ただ、第三者が美しいと判断するだろう、という客観判断に
その「個性的なもの」としてしか僕が認識しない特徴、
つまりアクセント的なものをどんどんと評価するのは
納得がいかない。
だったら、綺麗な顔のお面でも顔に焼き付けたほうが良いんじゃないだろうか

僕は
特に異性に対しては
左右非対称で個性的な骨格で
闘争的ではなく或いは健康的な野性的な顔が
整っているのが「美人」だと思っている。
異性としての性的魅力とは別だが、
片方だけにえくぼがあったり
特徴的なほうれい線や
鼻頭や
濃い眉毛や
少し張ったエラが
美しく収まっているのを
「素晴らしい」「愛らしい」と
思っているのであるが
整形ではそういう部分を修正し
場合によっては人間離れした骨格まで創出してしまうのだとしたら
「美しくない」と感じてしまうこともある。
世間の評価ともずれるわけだ。

だが、僕の言っている「世間との違和感」について
分かってくれる人もいると思う。
ナチュラル信奉で言っているのではなく
「違和感感じたら、生理的に嫌じゃない??」という
軽いノリでの話である。

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