政界の悼む声は空しく響く。
政治家が因果な稼業であることは
予め分かっていたとしてもだ。
クリーンであろうはずもなく
選挙と財界との癒着の果てに
「国民のため」を標榜しているのであればこそ
あの時、不信任案は彼の反対票でも不成立であったとしても
行動は成されるべきだったのではないか
YKKは本当に政治同盟だったのか
森派の代理人となり首相を張った小泉が
首相の器だったかどうかは今更何ともいえない。
一番まともで正直だった加藤が、あの時屈したという事実が
「政治とは不正直、不誠実」と世間に証明したのと同じだ。
小渕が死んだときもそうだ。
「万事よろしく頼む」と青木に言ったとか言わないとか
こん睡状態で意識不明の中、
森首相に決定した後継指名もそもそもおかしいのだ
その説明を国民にきちんとしないで政権にしがみつこうとしていた自民党は
やはり末期的状態だったのではなかったか。
そこに一石を投じなかった連中同士の
政権首班争いだったようにしか、当時の僕は受け止められなかった。
政治家が政治家という名の職業を務めているだけで
それが半ば世襲制で彼らの本質までが
国民に対して行う仕事なのかと訊かれたら
やっぱり我々は「No」という認識しか持たないだろう
民主党、今の民進党の連中が行った選挙民に対する詐欺と比べたら
まだマシだったかもしれないが
加藤紘一氏訃報 政界で悼む声
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=4187316
自民党内のリベラル派で中心的な存在だった加藤紘一氏の死去を惜しむ声が10日、政界から相次いで上がった。
◇山崎拓氏
元自民党副総裁の山崎拓氏は「終生の畏友(いゆう)であった加藤紘一氏の訃報に接し、強烈な衝撃を受けた。比類なき英知の持ち主であり、政界同期の私ども友人に対し、国家と郷土の発展に身命を賭して働けと常に啓蒙(けいもう)啓発され、文字通り日本政界のトップリーダーの一人として活躍してきた。改めて日本の政界がかけがえのない英知を失ったことを心より惜しむ次第だ」とコメントした。【吉住遊】
◇古賀誠氏
加藤氏が「宏池会」会長だった時の側近で、「加藤の乱」でたもとを分かった古賀誠・元自民党幹事長は「加藤さんの生きざまを振り返ると、政界とはむごい世界だと、つくづく感じる。加藤総理・総裁を長年夢見ていたのに、『乱』がきっかけで分裂してしまった」と振り返った。2年前、2人でミャンマーを訪ねたのが最後になった。「加藤さんが『インパール作戦の現場へ行きたい』と言ったのがきっかけ。既に体調がすぐれなかったけれど、『絶対に行く』と。道中、いろいろな話をした。本当に残念」と悼んだ。【中澤雄大】
◇中谷元氏
加藤氏の秘書だった中谷元(げん)前防衛相は「連合などと協議して自社さ政権で連立を成し遂げたが、結論が出なければ朝まで議論することもあった。政治とは丁寧に説得を繰り返してつくり上げるものだと教わった。経世会(旧竹下派)中心の政治を変える原動力になった方だった」としのんだ。【飼手勇介】
◇園田博之氏
自社さ連立政権時代にさきがけ(当時)の幹事長を務めた自民党の園田博之衆院議員は「自社さ連立政権に加藤さんの貢献は大きかった。大変な政策通で見識も高かった」と語り、「間違いなく日本を代表する政治家。『加藤の乱』がなければなあと思う。とても残念だ」と惜しんだ。【野原大輔】
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