西安に着いて、ようやく旅の目的が整った僕だが
そこまでどうにか着の身着のままで辿り着けたのは
ひとえに船で知り合った日本人旅行者仲間の
それもとりわけ「堀木さん」の影響が大きかった。
その堀木さんとも西安で別れ
同行していた年長者の京大コンビともついに別れの日が訪れてしまう。
「で、この後はどこに行くの?」
と言われて動揺してしまう。
西安から旅立つにはまた列車の券を買って北京か上海か
に移動して船で帰るか、飛行機で帰るかせねばならないが
はるか1500キロ以上内陸の西安で
飛行機のチケットを取るには覚束ないので
とりあえず京大コンビの持っている「地球の歩き方」を借りて
西安でチケットを帰る場所を探すことにした。
もちろん、駅に行けば買えるのであるが
既に僕たちには悪い癖が付いていた。
悪い癖というのは「人民料金で旅する」ことである。
実は、当時の中国では当たり前のように
人民料金と外国人料金という二つの料金スタンダードを採用していたのである。
先に訪れた兵馬俑は10倍ではきかないほど、両者の料金の開きがあったが
ツアー客は団体料金なので外国人料金は払わずに済んだのである。
北京の紫禁城、故宮博物館も3倍くらい料金が違うのだ。
どうしてそんなことが罷り通っていたのかというと
その前年まで流通していた「外貨兌換券」制度が原因のようだ。
つまり、当時から中国の通貨である「人民元」は理屈の上では
中国の国民しか持っていないわけで
外国人は「外貨兌換券」を使って買い物をするしかなかったのである。
しかし、その制度を廃止したにも拘らず
中国全土の多くで
「外国人から、よりお金を取るのは当たり前だ」
という感覚は残ったままだったのである。
公共交通機関である鉄道の窓口ですら、外国人と僚邦地域人と中国人で
区別されていたのである。
西安から上海までのチケットを京大コンビは
一人275元(軟臥)で買ったと言っていたのだが
僕が直接窓口で確認すると
人民料金は115元程度で
外国人料金だと400元程度で表示されていたのである。
買って買えない額ではない。
日本円にして5000〜6000円で
1500キロの移動をするわけだから
そんなに高い買い物であるとは思わないのだが
人民料金が100元そこそこ(1200〜1500円)
だと考えるとどうしてもその余分に払う分が惜しいのである。
そこで取る作戦は
駅のチケット売り場に行き、中国人用の窓口に何も言わず並び
「行き先、人数」をボソッと言うだけで切符を買うことしかないのである。
「パスポートの提示を」と言われなければ、人民料金で変える可能性が高い。
実は、「外国人料金は国の恥」という考え方も徐々に浸透しつつあって
何もしなくても人民料金でチケットを買える可能性もあったのだが
そこは古い看板のようなものに掲示されている料金表通りの値段を示されても
逆におかしくなかったのだ。
前日に、その煩わしさを回避できないか、エージェントにチケットを買いに行くと
足元を見られたのか高い値段(300元くらいだったか)を
提示した上に、チケットは希望の便は売り切れたなどというので
自力でチケットを買いに行くことにした。
そのリスクを犯さずに、黙って「人民料金で買う」これが
一番のスリリングな瞬間だった。
結果は、成功。
そして、その窓口は外国人料金を取る悪質な窓口だった。
僕の何人か後ろでチケットを買った白人は
外国人料金で買わされていたからである。
その中間の料金設定されているのは
海外に住む華僑や台湾、香港に在住している人たち向けの料金らしいが
それを考えるとなお、浅ましい発想で料金設定していたことになる。
京大コンビの乗る便のチケットは売り切れていて、
僕は何日も後に出る次の列車のチケットを購入した。
西安から上海に向かうのである。
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