ここのところ、余りにも腰痛が酷くて
仕事を終えて帰宅した後にPCの前に座るという行為ができなかった。
少し落ち着いてきたので、夜のストレッチの後の調子のいい時間帯に
書いてみよう。
意外と意識しない事ではあるが、
一年の内で「祝日」が無い月は、いよいよ6月だけになってしまう。
前に決まった時にも書いたが
山の記念日(「海の日」に対抗して「山の日」らしい)が8月11日に決まったからだ。
前から言っているが、
僕は、連休は仕事柄かも知れないが嫌いである。
そもそもが稼ぎ時でもあり、休みとも仕事とも限らないのだが、
世間が休みモードに入ると色んなことが停滞してしまうから
嫌いなのでである。
そして、僕の脳ミソもお休みモードに入ってしまうのだ。
それは兎も角としても、
休日と言うからには何かの記念であり、
何かを考えるための休日である筈の記念日であったのに、
我が国民ときたらそれを忘れて「休日に何をするか」ばかりに執着してしまっている。
これは由々しき問題だと提起したい。
国民会議では消費生活の在り方ばかり検討されるようだが、
精神生活の修養の方が大事なんじゃないか。
たとえば
元日が「一年の始まり」で祝日であり、
「昭和の日」が元は昭和天皇の「天皇誕生日」であり、
12月23日の「天皇誕生日」が今上天皇の誕生日である事に異論は全く無いだろうが、
「建国記念の日」がどうして「建国記念日」でないのか?とか、
建国記念とは、何を目印にして建国されたとするのか?とか、
そういう部分は敢えて考えないようにする仕組みが嘆かわしい。
確かに、
こういう問題を突き詰めて考えてしまうと、
全く科学的な根拠に欠く上に、
否定されるべき軍国主義的な思想や神話的な領域の議論まで踏み込まれる事になり、
「やめとこうや」と云われそうな議題に成りかねないので、
敢えて議論されない土壌があるのは理解できるが、
余りにも杜撰な“記念日教育”の結果が、
世も末の「HAPPYハロウィーン!」みたいな現象を後押ししてるのではあるまいか!
まあ、それは良しとしても
「海の日」については、この日記でも再三述べたので、今回は割愛する。
詳しくは調べるなり、東京都江東区の東京海洋大に現物が飾ってあるので、
それを眺めながらでも考えてくれれば良い。
では、残りの祝日は何なのか。改めて振り返ろう。
●成人の日
→かつて、小正月に元服の儀が行われていたのに因んで、同じ意味を持つ成人式を行う為に制定された祝日。家族全員が成人を迎えた後は、単なる祝日になってしまう上に、ハッピーマンデーのお陰で1月第2月曜になってしまった。
●春分の日
→「昼と夜が同じ時間の日」というのは、大意だが正しくない。天文学上では、太陽が春分点を通過する日、が正しく、これに合わせて毎年変わっている。
秋分の日もこれに同じで、厳密には昼の方が長かったりする。
●憲法記念日
→読んで字の如く、現行の日本国憲法が施行された日である。しばしば9条が「絵に描いたモチ」と揶揄される美辞麗句を並べ立てた理念先行型の憲法だが、9条以外も結構形骸化しており、「憲法」ってなんだ?を考える絶好のタイミングだ。その公布日である11月3日を「文化の日」としたくらいである。この日を休日にして、大型連休の“ゴールデンウィーク”のいち構成日にしてしまって、思考停止を促すかのような政府の動きは、何か「憲法を真正面から考えて欲しくない」後ろめたさがあるんじゃないか?と勘繰ってしまう程だ。
●こどもの日
→古くは「端午の節句」が5月5日だったのに因んで制定された祝日。端午の節句なら「男の子の発育を願う」祭りになるところを女の子もまとめたところにミソがある。「何で“端午の節句”は祝日で、雛祭りは祝日じゃないんだ!」と言うのは妄言であり、雛祭りだけが女の子の祭りの日になっていて、端午の節句は男女共同になったわけだから、女の子は2回祝うのだと解釈出来ないのだろうか。飽くまで「物差し」の問題だと軽く流せないのだろうか。
●敬老の日
→一番謎が多いのが、この「敬老の日」である。兵庫県のとある田舎の村で提唱された「としよりの日」が起源とされていて、それが広がって兵庫県で採用されて県の「としよりの日」に発展し、その日が9月15日だった事から、国も採用して「敬老の日」と制定した、とされている。これに偽りはないのだろうが、「何故に、その最初の村は9月15日を“としよりの日”としたのか?」はもはや議論されない。聖徳太子が悲田院を作った日、や欽明天皇が養老の滝を訪問した日、などの説もあるらしいが、判然としない。
実際に悲田院地区に行くと今は石碑しか残って居らず、ラブホテルが林立する街の裏通りに過ぎないが、石碑には「藤原光明子が悲田院を建てた」と書いてある。つまり、聖徳太子説は後からのコジツケである可能性は高い。しかも悲田院は貧しい人や孤児に施しを行う為の施設だったと知られており、“敬老精神”とは直結しない。
後者の欽明天皇説は“養老→敬老”というこれまた語感からくるコジツケに聴こえるが、元々は敬老精神を讚美する美談のエピソードのある滝(居酒屋チェーンではない)であるから、同じコジツケでも理由に足る気がする。
何にしても、僕が子供の頃は“9月15日は55才以上の人を敬い、労るのだ”と教えられたが、いまや9月15日でもなければ、55才は老人でもない。
●秋分の日 →春分の日参照
●体育の日
→一番腹立たしいのが、この日がハッピーマンデーによって由来が不透明になった事である。敗戦後の復興の象徴であり、メガロポリス東京の礎となったアジア初のオリンピックが1964年に開催された。その開会式の日を祝日としたのが由来である。そしてそれは10月10日だったのである。完全に記念日であるこの祝日が、ハッピーマンデーになった事で由来も何も無くなってしまうのが嘆かわしいのである。
そしてこの開催の為に建てられたスタジアムこそが、先に取り壊された“国立競技場”だったのだから、我々は恥知らずである。
改めて強調しよう。何故にローマにはコロッセウムが残っているのか。ピサの斜塔は傾いても取り壊さないのだろうか。姫路城が国宝であり世界遺産足りうる要件は何か。まだまだ使用に堪える大型建造物をいとも簡単に取り壊し、目先の経済効果ばかり追求するエコノミックアニマルだから、こんな勿体ない事が出来るのだ。イタリアも日本に負けず地震国である。補修に補修を重ねて未来に繋ぐ精神が欠けている、としか指摘しようがない。
であるがゆえに、その記念日でさえもハッピーマンデーで忘れられるのである。
●文化の日 →憲法記念日を参照
●勤労感謝の日
⇒これこそがそもそも天皇が神に向かって行う祭祀の新嘗祭(にいなめさい)の変形である。
毎年、五穀豊穣を祝って神に祀る、天皇が民を代表する司祭でありシャーマンであり、民の代表者として祭祀を行う者、としての役割が明確であったことを暗に示す休日である。
それに合わせて国民に休日を設定するという考え方は実に心憎いばかりである。
しかしながら、この日に設定した理由は、
導入した年の新嘗祭の日がたまたま「11月23日」だっただけであり
この日こそがハッピーマンデーにされるべきでもあるのだが
天皇の祭祀に直結している休日だからなのか、敢えて変更されようとしないのも
「現実を直視しない」「デリケートな話題は避けたい」という、
現在の政府の腰の退け具合が窺い知れるというもの。
とこのようになるのである。
これに祝日と祝日で挟まれた平日を休日とする「国民の休日」が加わって
年がら年中休みなのだ。
前出の「元日」に、「建国記念の日」「昭和の日」「海の日」「山の日」「天皇誕生日」を加えると16日もある。
日曜日が52〜53日もあり、
いつからか週休2日制で土曜も52〜53日あるので、
365日のうち、最大で122日も「社会が停滞する」日が設定されているのだ。
日本全体が「コンビニエンス化」して、
サービス業人口が増えたので、
旗日ばかりが休みではない社会に緩やかに移行しているとはいえ、
一方で停滞する日が増えるのではあまり機能的ではない。
更には、正月休みに夏休みまであるのである。困らない方が不思議である。
さっき、サービス業人口が増えた、と述べたわけだが、国民の消費活動はその間も止まない「旗日」は、少なからずサービス業の売上には好影響は与えているだろう一方で、
国民の国民による休日の意義は二の次にして、社会に貢献する奴隷のように「休日消化」させられているようで、甚だ不愉快なのである。
由来は、実はこうこうなのだが
こういう経緯があって現在はこうなのだ、と
学校でも誰も教えなくなっているのではないだろうか
自分の娘は義務教育を終えているが
上記の質問にはほとんど答えられない。
県下トップクラスの進学校に通っているにも関わらずだ。
記念日の事を考えると
精神教育の必要性を感じるのである。
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