2020東京五輪のエンブレムが模倣デザインではないか、との騒ぎで世間が賑やかしい。デザイナーの佐野研二郎氏は、他の作品や会社作品まで「模倣ではないか?」との嫌疑がかけられ、人格否定に近い仕打ちを受けて、使用中止を申し出てる状態だ。
今回は、マスコミが徒に騒いで問題だ!と言いたいわけではない。
どうしても、デザインの世界やアイデアの世界は模倣や近似性の呪縛からは逃れられないんじゃないか?と私見を述べたいのである。
従って、佐野氏に対して具体的に擁護する積りも無いし、言及すら考えていない。
音楽の世界だと、頻繁に「パクリ疑惑」が議論されているが、余り問題視しない傾向にある。そこには、ユーモアが求められたり、アーチスト間で“リスペクト”という名の模倣が行われる事に対して、一定の社会的認知があるからである。
「だったら、カバーしろ」
と言いたくなるような模倣も「○○をリスペクトした作品」と一言添えれば、オリジナリティーへの評価は一旦無くなるが、創意まで否定される訳ではない。もっと云えば「良いものは良い、悪いものは悪い」的な消費者判断が下される場合もある。
PUFFYの出世作である、「アジアの純真」という曲は、僕が愛して止まないELOへオマージュてして、あからさまな模倣が為されているし、Mr.Childrenの「シーソーゲーム」はPVから、大好きなエルヴィス・コステロの「oliver's army」の模倣作である。サザンオールスターズの初期作の大半は洋楽の渋いヒット作のパクリともオマージュともつかぬ曲ばかりだが、日本ではそれらを問題視する声は殆ど無く、大半は純オリジナル作品と勘違いして聞き入っているのである。
だが、音楽の世界は、それを殊更に問題視する事はなく、歌詞の引用のみ稀に騒ぎになるだけである。
しかし、和音の連続であるコード進行に於いて不自然の無い組合せは限られており、耳障りを追求して楽曲を作るとき、過去の何かに意図せず類似していても、それに気付く事も回避することも完全には難しい話なのである。
歌謡曲の場合は、そうだ。
これが工業デザインや、ポスターデザインになるともっと微妙で難しい。手描きのスケッチなら兎も角、規定の図形や違和感の少ない色の配置は限定的も限定的で、何かと何かが近似しても致し方無い話なのである。
僕が、中学校時代に体験した出来事だが、学校の文化祭のキャッチフレーズの公募があった。
「生徒から募集して、最多得票のモノを選ぶのか?それとも教師が選んで決めるのか?」
と問い合わせをしたところ、投票をした上で教師が選ぶと回答を得たので、
「君は小宇宙を感じた事があるか」
という、テレビアニメの次回予告で流れる言葉をわざと投票した。
本当は「今しかない!」みたいな刹那的感情を込めたフレーズを応募したかったが、センスも頭も悪そうな教師どもが「口出ししたい」態度を見せたのがカチンと、来たので前者で応募したのだ。
実は当時人気があったアニメからの引用だったので、生徒の大半は元ネタが何か、すぐ分かるのだが、教師どもは分からないだろう、と予測し、生徒間投票でも大ウケでかなりの得票数で決戦投票の場に進んだ。
偉そうにふんぞり返った教師どもが、何作かの決戦投票作から選ぶ場に作者の生徒を呼び出した。「俺たちが選んでやる」という態度がありありでムカついたので、よく覚えている。
「僕の作品を選ぶと、テレビアニメからの引用になりますよ」
そういうと、教師どもがザワザワし始めた。
だが。他の作品がそうではない、という保証はない。
フランスの小説から引用しようが、アメリカの政治家の言葉を引用しようが、奴等は見抜けまい。だが、日本のテレビアニメの引用は許さないだろうと確信していた。後から訊いたが、最多得票は僕の作品、いやジョークが獲っていたらしい。ジョークの分かる生徒たちが乗っかったのか、本気で良いかもと思ったかは知らないが、それが「聖闘士星矢のフレーズ」とは分かっていた筈だ。
結果は、別の作品が採用。何だったかは忘れたが、真面目臭いが悪くないヤツだったかしら。
兎も角、盗用であれ、近似作であれ、審査して採用する側が審美眼なり、広い見識がないのに「偉そうに採用する」から、こんな事態になるのである。
もし僕が、会議室に呼ばれずに、呼ばれても吐露しなかったら、選ばれてたんじゃないのか
後から教頭に呼ばれて、
「どうして、こんな事をしたのか」
と追及を受けたのだが
「仮に、“私たちの、私たちによる、私たちのための文化祭”で応募しても叱られてましたかね?」
「それはセーフだな」
「しかし、模倣ですよね?それも」
「確かにな。」
「まあ、選ばれないでしょうけど。ただ、良いか悪いかは先生方が判断する、と。」
「そういう事になるな。変なモノを採用するわけにはいかないだろう!」
話が分かると生徒に評判の教頭も語気を荒げて言った。
「だったら、ですね。」
「だったら、何なんだ」
「だったら、投票なんかしなきゃ良いんですよ」
「何だと。生徒会が投票で選びたいと言うから、投票の機会を与えたのにか?」
「そんな事は、応募者の僕には知らない話ですよ。それに。」
「それに、何なんだ!」
「投票すると聞いたから、敢えてウケそうな作品で応募したんです。真面目で大人しい応募作じゃあ、人気が集まらないでしょ?」
「それが、どうかしたのか」
「しかし、投票した人は皆、アニメのフレーズと知って投票してるんです。問題ないと。」
「だから、先生が最後は選ぶのだ。」
「いや、僕があの場で告白しなければ見抜けなかったのでは?僕以外はどうなんです?」
教頭はやっと柔らかな表情になって言った。
「まあ、多分に“大人の事情”も働いてるわな。そこは理解しろ。良いな。」
教頭は厳しい言葉を吐くときは優しく、優しい言葉は淡々と呟くので怖いが、話が分かるタイプなのである。
「投票結果の上位3作が何れも不採用なら、最初から投票なんかしないで、応募作全部から先生が選ぶか、最初から先生が決めるしかなかったんじゃないですかね。どちらにしても単に票が集まっただけの、僕だけが責められる覚えはありませんよ。他の応募作の模倣も全部、叱責されるんなら分かりますが。」
「がはばは。来年からはそうするかな」
佐野氏の場合は、どういう背景でそうなったのかは知らないが、見抜けずに問題作を採用した事実は重いでしょう。
また、国家的大イベントだから、という理由で完璧なるオリジナリティーを追求する空気が世間に充満して息苦しい。今でこそパクリは韓国・中国の専売特許のようになってるが、日本も元は加工貿易国と揶揄されるほど、工業デザインでは後進国だった時期もあったのではないか?
エンブレムが広く募集されていたとは知らなかったし、この騒ぎで「作ってみた」作品が優れているものが多いのなら、決め方に問題があったんじゃないか
僕は、そう思う。
■「耐えられない限界状況」 佐野氏事務所の声明全文
(朝日新聞デジタル - 09月01日 23:32)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=3595219
デザイナーの佐野研二郎氏は1日夜、代表を務める事務所のホームページで声明を発表した。全文は次のとおり。
◇
エンブレムにつきまして
私は、東京オリンピック・パラリンピックの大会の成功を願う純粋な思いからエンブレムのコンペティションに参加致しました。エンブレムがフラッグに掲げられ、世界中の人に仰ぎ見られている光景や、金メダルに刻まれたエンブレムを強くイメージしながら伝統的かつ新しい日本、東京を表現すべく大胆に、そして丁寧にデザイン致しました。
このような国をあげての大切なイベントのシンボルとなるエンブレムのデザイン選考への参加は、デザイナーにとっては大舞台であって、疑いをかけられているような模倣や盗作は、原案に関しても、最終案に関しても、あってはならないし、絶対に許されないことと今でも思っております。模倣や盗作は断じてしていないことを、誓って申し上げます。
しかしながら、エンブレムのデザイン以外の私の仕事において不手際があり、謝罪致しました。この件については、一切の責任は自分にあります。改めて御迷惑をかけてしまったアーティストや皆様に深くお詫(わ)びいたします。
その後は、残念ながら一部のメディアで悪しきイメージが増幅され、私の他の作品についても、あたかも全てが何かの模倣だと報じられ、話題となりさらには作ったこともないデザインにまで、佐野研二郎の盗作作品となって世に紹介されてしまう程(ほど)の騒動に発展してしまいました。
自宅や実家、事務所にメディアの取材が昼夜、休日問わず来ています。事実関係の確認がなされないまま断片的に、報道されることもしばしばありました。
また、私個人の会社のメールアドレスがネット上で話題にされ、様々なオンラインアカウントに無断で登録され、毎日、誹謗(ひぼう)中傷のメールが送られ、記憶にないショッピングサイトやSNSから入会確認のメールが届きます。自分のみならず、家族や無関係の親族の写真もネット上にさらされるなどのプライバシー侵害もあり、異常な状況が今も続いています。
今の状況はコンペに参加した当時の自分の思いとは、全く別の方向に向かってしまいました。もうこれ以上は、人間として耐えられない限界状況だと思うに至りました。
組織委員会の皆様、審査委員会、制作者である私自身とで協議をする中、オリンピック・パラリンピックを成功させたいとひとえに祈念する気持ちに変わりがない旨を再度皆様にお伝えいたしました。また、このような騒動や私自身や作品への疑義に対して繰り返される批判やバッシングから、家族やスタッフを守る為(ため)にも、もうこれ以上今の状況を続けることは難しいと判断し、今回の取り下げに関して私自身も決断致しました。
今後につきましては、私の作品や仕事を通じて少しでも皆様の信頼を取り戻すべく日々の仕事に専念するしかないと思っております。
図らずも御迷惑をおかけしてしまった多くの方々、そして組織委員会の皆様、審査委員会の皆様、関係各所の皆様には深くお詫び申し上げる次第です。上記事情のゆえ今回の判断に関しましてはどうか御理解くださいますようお願い申し上げます。
2015年9月1日 佐野研二郎
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