何年か前にも同じテーマに付いて言及した時は
僕は違う意見を述べて居たかも知れない。
言葉を選び、正確性を重視して今回意見を述べるならば
存在するか否か、の答えは「存在する」が、
永続するか否か、の問いには「永続しにくい」と考える立場である。
そもそも、「友情」という言葉の定義からして形而上的なものであるが、
具体的に定義すると実に陳腐である。
「何となく、そうだよな」という関係に横たわるものが「友情」の実体であり、
尊敬や信頼や相互理解と言った「具体的には何が?」と言われると回答に窮するような「好意」に基づいている、
と学者の間では定義付けられている。
しかし、真の友情が認められる関係に於て、
実際に「俺たち、“友達”だよな?」などという確認は行われないのが事実ではないか。
得てして同性間の友情では、いちいち確認は行わないものなのである。
ところが、異性間でも同様に信頼感や相互理解に基づいた好意は抱く事もままあるわけだが、
これが親密さを伴って尚、性的な関係を結ばず独占欲も抱かず、永続的に維持されるかどうか?となると、
「僕たちって、友達だよね?」
と意思確認無くしては、なかなか成立しないのである。
現実に、同性の友人と親しく長時間密室に居て、
他者の目や存在の影響が無かったとしても、
性的な関係を結んだり、強い独占欲に駆られる事は少ない筈だ。
ところが、異性間になるとそうは行かない。
特に親しい友人同士でも、長時間密室に居ると性的に意識し、
実際に行動に移すかどうかは別にして、友情とは定義しがたい感情が発生する筈だ。
コラムに登場する学者の先生方の分析では、
あらゆる関係の下敷きに「友情」を形作る要素があり、
その上に構築される関係に性愛や愛情といった感情が存在するのだ、としているが、
これはこれで一理である。
とすると、友情だけが主に介在する関係において、
性交渉は発生しないのか?という疑問に辿り着く。
もっと云えば、性交渉ありきの関係が友情だけで成り立つのか。
飽くまで、「疑問として」辿り着くのであって、存在するか否かの問いには即座に答えられる。
存在するのだ、間違いなく。
それは貞操観念が低い男女の間に於て、
性的な出来事に特別な感情の有無など“大きな問題”ではないからだ。
しかし、快楽だけを追求しているわけではない。
そこに対象と成りうる相手が居るから、交渉を持つのであり、
その結果に対して特に気に止めずに性的な交流を楽しむ
“異性観”の男女は、世間には少なからず存在する。
要はセックスフレンドが、他の異性と性交渉を持った時に
いちいち嫉妬しているのか?と考えると
必ずしもそうではないのである。
或いはその反対もある。
血も繋がらない、長く愛してやまない異性の相手が居たとしよう。
相手も憎からず思っていて
タイミングが合って居たら、その人と結婚したかもしれないと云う異性。
その人に対しては間違いなく友情とは別の感情が
お互いの間に横たわっていたとして。
自分以外の異性のパートナーとそれぞれが結ばれたり結婚して行くのを
祝福する気持ちになって居るだろうか。
それでも、複雑な感情に支配されながら祝福出来ているのではないだろうか。
幸せになって欲しい、と強く願う気持ちが発生する性愛の相手だって
居るには居るのではないか。
当然、その人とはセックスはしないけれども
お互いに尊敬し合ったり魅了して居たりしても
必ずしもカップルになるとは限らないものなのである。
それが男女の友情ではないか?
と言われても、家内や知人には「友情だ」と言い訳しても
間違いなく、その男女にはセックスの無い「愛」があったのではないか
愛とはそんなに肉体的な交わりを必要としないのではないか。
そこまで思うのである。
最も相手を独占し魅了し、自分の思うままにしたいと思う感情があることも
自然の流れでは当然発生するけれども
愛する存在が自分の思うままで在って欲しいとは
誰も願っていないのではないか。
在りのままにしてお互いを魅了できるようなパートナーが理想なのである。
そんな理想のパートナーと
地球上の男子の、或いは女子の7割も8割もが
いずれ適齢期に巡り合える保証など無いわけであり
寧ろ、「そんなわけないだろ」と思うわけである。
つまり、恋愛も結婚も
自分の欲求を満たすために妥協したり
誤魔化したりしているのである。
年齢的な事情で急いで子供を作ろうとするのも
それはそれで「子供が欲しい」のは自然な欲求だが
パートナーと交わりたい、相手の子供を産みたい産ませたい、と
思ってセックスしているのだとしたら
男性と云うのはあんまり勃起も出来なくて気の毒な話だと思わないか
つまり、誰でも良いから交わりたい、くらいの欲求が
誰しもの中にある程度存在しないと
どいつもこいつも結婚出来る筈なんかないのである。
だとすると
友情だけでも性愛は抱いたとしてもおかしくない。
ご当人たちが「恋愛感情だ」と思いこんでいるものも
友情と独占欲、程度の組み合わさった感情に過ぎない可能性だってあるのである。
話は元に戻るが
そういう意味では
友情は成立するし、それが変質して愛情や性愛に発展する事もままある。
成立したとしても「男女の営み」という位だから
お互いに性別を全く考慮しないで付き合えるのなら
永続的に維持し易いけれども
女性を女性として、男性を男性として扱うのだとしたら
何かの拍子でセックスを意識してしまうと
「するか、距離を置くか」を迫られる日も来るのではないか。
ただ、それだけなのである。
従って、僕は真の友情は
男女が男女としては永続しないと考えているし
そういう前提で世間も回っていると思っている。
つまり、
家内が男性と密室で長時間居る事に対して
浮気を疑い、許されないと思う感情が抱かれると
予想するのだ。
その反対も然り。
恋人が仲の良いクラスメートとラブホテルに入っても
「何もしてないから。酔って居たので添い寝して貰っただけ」
というコメントを信じる事が出来るのか?って話だ。
究極の話、それを信じる事が出来るのだとしたら
友情の存在は証明できるだろう。
違うかね?違わないかね?
だってそうだろう?
女の子同士で何人かでラブホテルに入っても
「パーティーしてました」と言われたら
レズ大乱交パーティしてたんじゃないのか?とは疑わないだろう?
男女の友情は成立するか - 研究結果から心理学者が解説
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=95&from=diary&id=3329033
男女をめぐる問題として、男女の間で友情は成立するのかは、永遠のテーマとして議論されています。成立するという人もいれば、絶対にあり得ないという人も。ですが、本当のところはどうなのでしょうか。
○愛は「恋愛」と「好意」からできている
結論からいうと、男女の間だって友情は成立します。一般的に同性間には友情が、異性間には愛情のみが存在すると考えられています。この場合の愛情とは、性的な関係と言い換えることができるでしょう。ですが、だとすると同性間にも性的な関係が許される以上、そもそも同性同士だからといって友情のみが成立するともいえないわけです。
さて、1970年にルービンという心理学者が、愛や恋愛に関する実証的な研究を行っています。ルービンは、愛は恋愛(LOVE)と好意(LIKE)によって成立し、恋人に対しては恋愛と好意の両方が、友人などに対しては好意のみが存在するということをあきらかにしました。これをきっかけに、心理学では愛や恋愛に関する研究が展開していきます。
デイビスという研究者は、友情の構造と愛情の構造を比較し、「尊敬・信頼や理解といった要素は友情にも愛情にも共通して存在すること」「愛情だけに特徴的な要素は、魅惑、排他性、性的な親密さといった強い感情であること」を指摘しています。ほかにも、スタンバーグという研究者は、愛情はその人と仲良くなりたいという親密性、性的な達成を引き起こすようなロマンスや身体的な魅力の情熱、愛するという強い意志や約束のコミットメントによって成り立つとしています。
○友情が無いのに愛情は生まれない
つまりこれらに共通していえることは、愛情というものは友情という土台の上、もしくは友情の先に存在するものだということです。友情か愛情かなのではなく、友情が成立して、そして愛情へ発展すると言えるのです。その意味において、男女の間で友情が成立するかどうかという問いの答えは、愛情が成立している以上、友情も成立するといえるでしょう。友情がないのに愛情は生まれないわけです。
もし、同性や異性に対して、性的な魅力を感じ、そういった関係を持ちたいという思いや、ほかの誰かに渡したくないといった気持ちが芽生えると、友情から愛情に変わったと言えます。友情と恋人との愛情の違いを特徴づけているのは、性的な親密さや性行動と、熱愛や嫉妬などの激しい感情なんです。ですが、それも友情を前提とした話。性的な魅力を感じ、そういった関係を持ちたいと思うだけでは愛情とは呼べません。
友情も愛情も、人が人と関係を築いてこそ生まれます。相手を理解し、信頼し、尊敬する。それは、人間関係において非常に重要なことだと思います。友情と愛情は全く異なるものではなく、人が人として関係する基本は同じなんです。愛情か友情ということにとらわれるのではなく、一人の人として関係を築いていくことこそが大切なのではないでしょうか。
○著者プロフィール
平松隆円
化粧心理学者 / 大学教員
1980年滋賀県生まれ。2008年世界でも類をみない化粧研究で博士(教育学)の学位を取得。京都大学研究員、国際日本文化研究センター講師、チュラロンコーン大学講師などを歴任。専門は、化粧心理学や化粧文化論など。魅力や男女の恋ゴコロに関する心理にも詳しい。現在は、生活の拠点をバンコクに移し、日本と往復しながら、大学の講義のみならず、テレビ、雑誌、講演会などの仕事を行う。主著は『化粧にみる日本文化』『黒髪と美女の日本史』『邪推するよそおい』など。
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