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2015年03月14日02:54

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存在が耐えられない御苦労さまである

素直に教師の言う事を聴いて居たのは
小学5年生の頃までだろうか

教師と生徒、の格差が
親と子ほど違っている感覚があったが
突然、兄弟レベルの違いにしか感じなくなったのである。

どだい無理な事だとは分かっていたが
学校の先生が実は万能ではなく得意教科はともかく
苦手強化は指導要綱に沿ったものを、さぞ知ったかぶりに
教えているだけだと分かると
急激に敬意が薄れてきたのである。

ある日の事である。
僕は学校に手帳を持ち込んで
塾のスケジュールや遊びに行く予定や
色々な事をメモする癖があったのだが、
突然の持ち物検査があって、その手帳はスルーされた。
一方で友人が学校に持ち込んでいたファミコンソフトは没収されたのである。
「玩具はアウトやろ」
教師は高らかに宣言して取り上げたが
「手帳も授業には関係ないものだし、そこに印の一つでも書き込めば玩具にもなる。
なのに、本体が無ければ遊ぶ事も出来ないファミコンソフトは取り上げて
遊ぶ事が出来る手帳を取り上げないのは理由が分からない」
と僕が、手帳も取り上げるように煽ったのである。

「アンタがそういうのなら、取り上げるわ」
と教師もそれに応じたのであるが、それに対して
僕は続けざまに教室中に響く声で反論した。
「どちらも私物だから、(片方だけ)取り上げること自体を批判したのに、
教師が生徒のスケジュールが書き込んでいるだけの手帳を取り上げたわけよ。
常識と非常識を説く立場の教師が」
とわめき散らしたのだ。

するとすぐに気付いたのだろう。
「私を陥れたいだけなのね!」
と教師は激昂して僕に手帳を突き返した。
「僕は、(学校では絶対に使えない)ソフトを返すべきではないかと」
と更に煽った、すると持ち物検査は中断された。

憤怒の表情で僕を睨みつける教師。
「持ち物検査なんて、具体的に方針やルールも無しにやるからさ」
と云うと、遂に頭に来たのか平手打ちして来たのである。
「アンタ、気に入らないわ」
と露骨に嫌悪感を示して来るものだから
「僕も、気に入らないね。先生に好かれようと思わなくなったら
こんなに楽だとは思わなかったし、色んな事が冷静に見えてきたわ」
と完全に対立関係に陥ってしまった。

実は、この対立には伏線があった。
この日の数日前に、社会の授業で授業参観があり
その時に、
「疑問に思った事を言いなさい」
と言ったので
「自衛隊は違憲か、合憲か。教師という立場と、一個人としての立場で
それぞれお答え下さい」
と尋ねたら
「授業の本題から逸れた、アナタの質問には答えません」
と言い放ったので
「答えるつもりが無かったら質問なんか求めるんじゃないよ。
社会の授業でしょ?昭和の日本の歴史でしょ?
聞くの当たり前じゃない。三権分立の質問の前に
憲法って守られていないのに基本的人権がどうのこうの、てのが
分からないから聞いたのよ」

僕の質問の意図は分かるだろう?
そして、答えられないと言ったその教師の背景も想像がつくだろう。
つまり、左派の日教組のそれなりのポジションの人間だったわけである。
個人的見解なんか軽々しく述べられない上に
教師としての立場でガチガチの回答も出来ないのである。
もちろん、そこの部分をぼやかして言うから
肝心の児童たちもぼやっとしか分からないまま
スルーされるのである。
だから、質問したのである。

その教師とは後に仲良くなるのだが
アドリブが苦手であり、つまりは普通の大人。
教師は職業に過ぎず、天職ではないのはありありと
子供たちに見透かされるのである。

そんな(人間としては悪くなくても)クズみたいな教師が
当たり前に偉そうな顔しているのかと考えると
「こりゃ、言ってる事もいちいち信じて居られないな」
と考えるようになってしまったのである。

そうこうしている内に中学に進学した。
公立なので、色々と緩やかだが昭和の時代なので
多少は今よりも大らかで暴力的な空間だったが
陰惨ではなかった。陰湿でもなかった。
生徒同士は、面と向かって殴り合う事が良しとされていたし
いじめも基本的に個人間の確執が原因だったと思う。
弱い者がより弱い者をいじめると云う事は少なかったかと思う。
生徒同士の人間関係は爽やかだった気がする。

だが、教師の質は最悪に近かった。
関学大、大体大、京産大、京都工繊大、不明、大音大。
6クラスあった僕の学年の担任の出身大学である。
結果的にクラスの男子の半分は国立大に進学したわけだが
幾ら大人と子供の違いがあるにしても
将来に希望を抱かせるには余りにも酷いメンバーだ。
中学生として規範となる教師の学力がその程度だと知って
果して、まともに「将来、役に立つ」という言葉が
どれだけ心に響くだろうか。
唯一の国立大である工繊大出身の教師は、
走り屋のチンピラの数学教師で
ある日、生徒と殴り合いをして大怪我した翌日は
真っ黒のサングラスを掛けて出勤してきた。
弱いチンピラである。

人間性はそれぞれ良し悪しがあるとしても
誰に敬意を抱けるのか、と悩んだのである。
スポーツ一つとってもそうだ。
運動部の顧問として指導してくれるのは有難いが
バスケ部の顧問がバスケは下手で
サッカー部の顧問もサッカーは下手。
本人たちの善意で成り立ってるとは言え、役者不足の学校だったのである。

ある日、体育の教師で大体大出身の教師に
「先生が、マッスルエリートなのは分かるけど
それ以外がその道のエリートだとは到底思えないのに
どうして指導が素直に受け入れられようか」
と言ったら、張り倒された。
「そんなことを言うもんじゃない。皆、指導に関してはプロだ」
と真顔で言うのだ。
「でも、僕の担任は23歳の女教師で、プロとは到底感じられない。
保健体育が専門の大体大の先生だから、スポーツには一家言あるんだろうけど
他は指導力は。。。」
と云うと黙ってしまった。
「大人の世界も色々あるんや」
「それって、子供の立場の僕たちが引き受ける問題と違うよね?」
「言うなや」
「言いにくいけど、所詮サラリーマンと云う事?」
と云うと、また張り倒された。
その教師は、筋肉隆々で力強い。口より手が先に出るのは有名だった。
「正直、先生の社会の授業は。。。」
「なんや。」
「分かり難いわ。核心に触れないで説明だけされても」
「すまん、現実は甘くないのや」

そんな有様なので、全く何を言っても馬耳東風。
生徒の半分近くは、にやにやしながら拙い教師の授業を
やり過ごすだけの毎日を送る羽目だったのである。

今となっては酷い言葉を浴びせてしまったと後悔しているし
年配の教師の味のある授業なども楽しくて良かった。
教師に張り倒されても、反感も覚えなかったし
暴力だとも思わなかった。
だけど、質は低かった。人としての道を説いてくれる事しか
教師には有難味が無かったのである。

僕が早熟だったわけではない。
こんな僕の友人たちも結構多くが共感していた事実であり
普通に感じることではあったのである。

先日も中学生の娘がお世話になった
吹奏楽部の顧問が病気療養のために休職されたと聞いて
夏休みの40日の内、35日以上が練習だと聞くと
「労働基準法違反じゃないか?って思わないの?
習ったでしょ、その法律。
幾らコンクールが近いからと言っても、管理責任を問われる顧問が
労基法違反を犯してまで指導するのが、正しいあり方だとは思わない。
それで身体壊しても、勤め先もよう守れないのよ。。。」
と指摘してしまった。

昭和の時代は、そこの部分が大らかで
適当な事を適当な理由で済ませる事が当たり前の時代だった。
学校の教師なんて、存在自体がツッコミどころ満載ではないか

今でもそう思うのである。

昔は疑わなかったけど......今考えたらツッコミどころ満載の先生の言動「悩んだら走れ」「水を飲むな」
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=121&from=diary&id=3317696
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