先日、小津監督の『 東京物語 』(1953年)で大いに感銘を受けたので、同じく評価の高い『 晩春 』(1949年)をレンタルDVDで借りて観た。主人公は『 東京物語 』と同じく笠 智衆だが、『 東京物語 』では義理の娘(戦死した次男の嫁)だった原節子が、この作品では実の娘の役を演じていた。役名は同じ「 紀子 」であることが気になって調べてみると、『 晩春 』『 東京物語 』『 麦秋 』は原節子が全て「 紀子 」という役名で出演しており、そのためこの三作品を特別に「 紀子三部作 」と呼ぶそうだ。
ちなみに、『 晩春 』は原節子が小津監督作品に初めて出演した第一作目であると同時に、小津が脚本家の野田高梧と初めて共同執筆した脚本で制作されたことで知られている(共同執筆はこれ以降遺作に至るまで続くことになる)。「 紀子 」の名前が三度も使われたのは、小津か野田いずれかが「 紀子」という名前に深い愛着があっただろうことは想像に難くない。
『 晩春 』は、妻を早くに亡くし、一人娘・紀子(原節子)と二人で暮らす大学教授・曾宮周吉(笠智週)が婚期の遅れている娘の将来を案じるという父娘の物語である。父の元を離れたくない紀子は結婚せずにずっと家にいるつもりだが、それでは周吉の気が済まない。紀子に見合いを勧めるため、妹の持ち込んだ再婚話を受けるつもりだと嘘をついたまでは良かったが、紀子にとっては周吉の再婚は「 不潔で、汚らわしいもの 」だった。互いの心に気がつかず、父娘の気持ちはすれ違ってしまうのだが・・・・。
後年の『 東京物語 』に比べると、人間関係の描き方はかなり会話に比重をおいたものになっている。彼らの交わす言葉から心情を推し測ることができるが、現代劇ほどストレートに言葉で表現していないため、繊細で奥ゆかしく難解だ。同じ親と子の絆をテーマにしているが、その関係性が薄れていく悲哀を描いた『 東京物語 』より「 結婚前の娘とその父 」に焦点を絞った本作の方が私にはずっと好ましく映った。互いの将来を案じる父娘の優しさと哀しさが、見事に伝わって来る。それにしても、紀子を演じた原節子の目力の凄さはどうだ!! まばたきもせず正面を見つめる彼女の目は恐くなるほどだ。妖しく光る大きな瞳に私はすっかり圧倒されてしまった。
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