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2011年07月07日09:44

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映画『 ラスト・ターゲット 』

くノーチェックだったが、友人から「 ジョージ・クルーニー主演の、スナイパーの物語らしい 」と聞いて、さっそく観て来た。地味な映画ゆえか、配給会社側も動員数は期待していないようで、上映館が極端に少ない。横浜ではほとんど上映館がないので、盟友P氏の事務所からの帰り、有楽町の『 ビッグカメラ 』の8階にある角川シネマ有楽町に寄った。パンフレット販売がなく、プレスシート(マスコミ向け資料)で代用されているのも少々寂しいものがあった。それでも、水曜日はサービスデーで千円で入場できるため、年配のお客さんを中心にそこそこ座席が埋まっていた。

 この作品は『 暗闇の蝶 』(原題:A very private gentleman)というサスペンス・スリラー小説の映画化だそうだ。原作未読のため、主人公が何者で、いなかる経歴の持ち主なのか、全て映像から読み取るしかないのだが、この映画は「 恐ろしく寡黙 」だ。状況説明は全くない。全神経を集中して、スクリーン上の映像から状況を読み取り、自分なりに想像して物語を形成して行くことが求められる。これでは一般の観客の動員は見込めないだろう。映像読解力の乏しい人々には、単に「 静かで平板な物語 」としか映らないはずだ。

 映画の初見のインパクトを大切にする私としては、この物語のシノプシスを明かすという野暮は避けたい。物語の冒頭から、観客は全て自分の目から入る情報によって主人公の胸中を推し測ることこそ、この映画の正しい楽しみ方だと思う。ただし、邦題の『 ラスト・ターゲット 』はいただけない。単純なアクション映画、もしくは主人公がスナイパー(狙撃者)だという誤解を与えるからだ。ここは日本語版原作タイトル『 暗闇の蝶 』にすべきだったろう。ちなみに、映画原題は『 The American 』である。


 これまで、ジョージ・クルーニーは『 シリアナ 』で演じた初老のCIAエージェントが最も良いと思っていたが、この作品で彼が演じた「ジャック」という謎の人物はそれを超えた。間違いなく、クルーニーの代表作のひとつとして記憶されることになるだろう。残念ながら、この映画は観客を選ぶ。この先、ネタバレのため、未見の方はご遠慮願いたい。















 スウェーデンの針葉樹林と雪原の境界に建つ山荘。男は暖炉の炎を見つめながら、ウィスキーを静かに飲んでいた。傍らの女性が男の身体を愛撫しながら、「 ジャック 」と呼びかけるが、彼はただ黙ってグラスを傾けている。翌朝、雪原を二人が散歩していると、雪の上に足跡がくっきり残っているのを見つける。「 ハンターかしら? 変ね。ハンターは普通二人で行動するのに 」と女が言う。足跡は一人のものだった。男は森の小高い丘に目を向けると、危険を察知し、女の手をとって走りだした。間一髪、岩陰に走りこむ瞬間、二人のそばを銃弾がかすめた。誰かが狙撃して来たのだ。男は上着のポケットから小型の拳銃を取り出し、反撃の構えを見せた。彼が手にしていたのは、ワルサーPPKだった。女は何が起きているのかわからず、驚いて男に尋ねた。「 ジャック、それは銃なの? 何をしようとしているの?? 」 男は女に「 隠れていろ 」と指示すると、そっと岩陰から顔を出して、丘の方を伺った。そこへ銃弾が襲った。敵は、すぐそばまで接近していた。男はPPKを握って岩陰を飛び出し、敵がアサルトライフルで撃つより早く撃ち倒した。男は、敵の持ち物を素早く探ると、女に向かって「 家に戻って、警察を呼ぶんだ 」と命じた。女が死体を恐る恐る見ながら走り出そうと背中を向けた時、男は突然、彼女に向かって2発撃った。

 男は列車でローマに到着すると、公衆電話からどこかへ電話をかけた。彼は「ジャックだ」と名乗り、スウェーデンで何者かに襲撃されたことを告げた。電話の向こうの連絡員はジャックをカフェに呼び出すと、襲撃者は現在調査中であり、敵の正体がわかるまで、カステル・ヴェッキオに潜伏するように指示した。ジャックは車でカステル・ヴェッキオの街まで出かけるが、街の様子が気に入らず、さらに高地のカステル・デル・モンテの街を潜伏先に勝手に変更した。途中、連絡員から受け取った携帯電話は谷川に捨ててしまった。ジャックは、雑誌社のために景色を撮影して旅するフリーカメラマンとして、カステル・デル・モンテの街での生活を始めた。連絡員は潜伏している間にライフルのカスタム化をするように連絡して来たのだが・・・。

 原作が主人公ジャック(ジョージ・クルーニー)をどう設定しているのか不明だ。映像から判断する限り、彼の正体はギャングに雇われた殺し屋ではなく、諜報機関から司令を受けて動くフリーのエージェントではないかと思う。少なくとも、「 狙撃を得意とする暗殺者 」ではないだろう。カステル・デル・モンテで知り合ったベネデッド神父(パオロ・ボナチェッリ)との会話の中に、彼の正体を知るわずかなヒントがある。ジャックが裏社会に生きる男だと見抜いたベネデッド神父は「 君はたくさんの罪を犯してきたのではないかね 」と問いかけると、ジャックは「 私が犯した罪には理由がある 」とはっきりと答えるのだ。これは金銭や組織の勢力争いのために非合法活動をしているにあらず、国家のために誰かが汚れ仕事をこなさなければならないという自負があったからではないかと想像する。

 また、数々の修羅場をくぐり抜けて来たであろうことは、物語冒頭の襲撃者に対する反撃を見れば間違いないが、彼が暗殺者であることを示す明確な描写はない。いかに正体不明の敵から逃れるために潜伏中とはいえ、組織がスナイパーにカスタムガンを依頼するのは不自然だ。私はジャックは、銃のカスタムを専門とするガンスミス(銃器の修理改造、調整の専門家)だと推察する。ガンスミスとして、数々の暗殺作戦を彼は見事なカスタムガンを提供し裏側から支えていたに違いない。そして、鋭い洞察力によって彼は暗殺の標的(ターゲット)が誰であったのかをいつも悟っていたのだろう。ジャックが引退を連絡員に打ち明けた時、「 組織 」は全ての暗殺作戦の標的を把握している彼の口封じに出た。そう解釈するのが、この映画には一番ふさわしいと思う。

 さて、物語の設定だが、原作はどうも「 現代 」ではないようだ。連絡員から受け取った携帯電話を、彼は「 機械は苦手だ 」とあっさり捨ててしまい、その後は公衆電話から連絡をとり続けるが、おそらく、原作では携帯電話は登場しないと見た。理由は、物語に登場する銃器がみな一昔前のものだからだ。ジャックはワルサーPPK。カスタムガンの仕様を説明した女性スナイパーのマチルダ(テクラ・ロイテン)はモーゼルHSc。そして、ジャックがマチルダの依頼に応えるため選択したのがスタームルガーmini14。どれも今やアンティークガンの部類に入る。このうち、一番登場が遅いのがルガーmini14の1973年であることから、おそらく時代は1970年代半ばであろうと推測する。そう解釈すると、この物語のもつ独特のゆったりとした雰囲気や静寂感には合点が行く。現代の諜報戦は科学的でずっと展開が早いから、この映画のようにサプレッサー(減音器)を間に合わせの材料で手作りするとは思えないし、潜伏したジャックの所在を敵が突き止めるのもずっと容易だったろう。

 この映画の魅力は、ゆったりとした展開の中でジャックとその周辺人物の動きを丁寧に描いていることにある。モノローグもなければ、会話によって観客に状況を説明することもない。だから、ジャックが誰を疑っているのか、誰が「 本当の敵 」なのかをは映像からの情報を総合的に判断するしかない。物語はシンプルでも、張り詰めた雰囲気がずっと続くのはなかなか見事だった。結末は予想通りだったが、クルーニーの静かな好演もあって目頭が熱くなった。地味ながら、良い映画だったと思う。

 余談。

 字幕翻訳者は松浦美奈さんという女性だが、かなり頑張っていたと思う。ただ、一部残念だったのはライフルの弾種の会話の中で、フルメタルジャケット(FMJ)弾をせっかく「 被甲 」と訳したのに、炸裂弾を「 エクスプローテッド 」と原語をそのまま字幕に使ったことだ。これでは一般の観客には何のことかわからなかっただろう。他に気になる部分がなかっただけに、惜しい。

 もうひとつ余談。

 面白いのは、銃器の発射音である。普通のアクション映画では、マイケル・マン作品でもない限り、銃口側からの映像も射手の背後からの映像も同じ発射音を使うことが多い。実弾射撃では、銃口側と射手側で撮影した場合、聴こえる発射音はまるで異なるが、そういうことにこだわる監督は少ないようだ。しかし、『ラスト・ターゲット』は銃口側と射手側とできちんと違う発射音になっていた。ただ、減音器(サプレッサー)付きのmini14の射撃音は従来のアクション映画のまま、射手の近くでも「ボン、ボン」というSEになっていたのは残念。サイレンサー、サプレッサーとも発射音を遠くで確認できないようにするものであって、すぐそばで射撃すれば音は普通に聴こえるそうだ。
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