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哲学の塔〜改〜コミュの第6章〜帰国〜

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 パン!
 その破裂音に、突然起こされたイギリス人と日本人ハーフの彼の、深い二重の瞳は開
いた。長くカールのかかったまつ毛が、生き物のように動く。そしてまた閉じる。
 もう一度彼はその蒼い瞳を開き、天井を見た。
 そこには赤い風船も、銃声も、何もなかった。夢を見ていた。何だか悪い夢を見ていた
気がする。とても長く、とても哀しく、そして、暖かなものに触れるような懐かしい夢。
触れがたく、壊れやすい、儚い記憶。

 辺りを見渡すと、どうやらここはロンドンにある、ヒースロー空港のようだ。多種多様
な国籍の人間で溢れかえっていた。マシュー・ハワースはその一角のベンチで眠りこけ
ていたようだ。ボストンバックを枕代わりにして、どれだけ時間が経過しただろうか。
 彼は、近くに放置していたキャリーバックを自分の足元に移動させ、ベンチに座り直
した。そしてふと、ボストンバックの中から、彼女との思い出のノートを取り出した。こ
のノートをテムズ川に投げ捨てる覚悟をしていた。マシュー・ハワースは孤独を感じて
いた。自分の居場所など、どこにもないのだと…
 そして彼は、ヒースロー空港の出口に向かった。
「そっちじゃないだろ、馬鹿が」
 突然背後から、人を見下すような声が聞こえてきた。
「あれ?君、どうしてここに?」
「あら、マシュ〜ぅ?ロンドンに戻る気になりましたの?」
 語尾をメロディックに上げながらまた別の声が聞こえてきた。
 そこに、いつものように、いつもの兄弟が居た。姉のクリスティーヌに、弟のドムだ。
「ふたりとも、空港まで来てくれたんだ?」
「お前が向かうのは逆で、出国搭乗口だろ?全く馬鹿だな」
「あら、マシューはロンドンが恋しくなっちゃったのよね」
 マシューは寝ぼけた頭を振ると、意識を鮮明にさせた。
「あぁ、そっか。僕は今日、日本に戻る事になっていたんだ」
 そう、マシュー・ハワースは、ロンドンに留学してきて3ヶ月を過ごし、日本に戻る事に
なっていた。それが今日だ。色々な思い出を振り返りながら、マシューは彼らの顔を見つ
めていた。そしてふと、気づいた。
「あれ、アリスは?何だよ、来てくれなかったのか、冷たい奴だな」
 クリスティーヌは哀しそうな表情をして、呟いた。
「無理もないですわ。アリスちゃん、とぉっ〜〜〜〜…!」
「あいつ馬鹿だから、忘れてんじゃないか」
 クリスティーヌがやたら長く「ぉぉぉ」と伸ばしている間に、ドムが迅速に答えた。
「…〜〜〜っても、今日のこの日を残念にしてましたもの!今頃家で泣いてますわ!」
 マシューは残念に感じた。最後に会いたかったな。この1週間、アリスはまるで彼の前
から姿を消すように、一度も姿を見せなかった。マシューが日本に戻る事を知ってから
急に姿を眩ましたのだ。マシューは傷ついていた。
「何だよ、アリスのやつ…」
「君と彼女は特別な絆で結ばれている。アリス君もショックを受けているんだよ」
 カツカツと底の高い女物の派手なブーツのかかとを鳴らしながら、誰かが近づいてき
た。その姿を見てマシューは溜め息をつき、ドムは呆れて何も言わなかった。三つボタン
の紺色のスーツを身に纏い、金色のくせのある短髪を清潔に整えたクリス叔父さんだ。
「クリス叔父さん、今日で最後ですよ、指摘するの!またクリスティーヌの靴履いてきて
 るじゃないですか!」
「ん?あっちゃあ…やっちゃたよ!はははは!」
「まぁ!うふふふ」
横で笑うクリスティーヌの足元もよく見ると、古びた焦げ茶色の紳士用の革靴を履いて
いた。いつもと変わらない光景。いつもと変わらない人たち。
「あらマシュー、涙が流れてますわよ」
「え?」
 マシューの頬を一筋の涙が伝っていた。おかしいな、どうして泣いているんだろう?
「無理して、帰らなくても良いんだよ?マシュー君」
 クリス叔父さんが優しく諭してくれる。
 この自分の居場所に居たい。そう願う自分が居た。最初は、何の情もなく、ただ流れて
いくだけのロンドンの日常に嫌気がさしていた。そんな自分が、今では、このロンドンを
恋しく思っている。
 僕の魂はロンドンに恋していた。それとも…
「情けない奴だな」
 ドムはいつものように何の馬鹿にしたような態度で言ってきた。
「君だって、ドイルさんがアメリカに渡る時、トイレでひとりで泣いていたじゃないか」
「な…!泣いてねぇよ!」
 ドムは真っ赤になって怒ってきた。
 あの日から、“幻影騎士団”は、それぞれの道を歩んでいった。
 ウィザード・ドイルは、「謎が呼んでいる」と言い、突然アメリカに渡り、探偵事務所を
開き、アメリカでその能力をいかんなく発揮していた。
 スー・ブラックウェルはアイルランドに戻り、弁護士として以前と変わらず法廷でそ
の能力をいかんなく発揮していた。
 父エド・ハワースは一足先に日本に戻り、教授として考古学の研究に忙しい日々を過
ごしていた。
 そして…
 マシューは、1ヶ月前に送られてきた1通の手紙を取り出した。そこにはオーストラリ
アの広大な大地を背景に、黒い馬にまたがるひとりの初老の紳士が写っていた。彼もま
た、元気そうだ。

 ――世界のどこかで謎を追いかけている。
   君もいつか、この私に追いついてきたまえ。
                  冒険家兼名探偵シャーロット・ロンドン――

「いつか必ずおなたに追いついてみせる、“探求者”として」
 マシューは、涙を拭い、力強く拳を握りしめた。そんな様子を、クリス叔父さんは穏や
かに見つめ、そして安堵していた。もう、以前の頼りないマシュー君じゃない、と。
 すると、その握りしめた拳に、ドムが拳をぶつけてきた。照れを隠すように口元に笑み
を浮かべると、彼は言った。
「マシュー…の兄貴、達者でな。また、戻って来いよな、な!」
「もちろんだよ、ドム!君も、元気でね」
「くそ!目にゴミが入った!くそ!」
 ドムはそう言いながら、泣いているのを必死にごまかしていた。
 その拳と拳を両手で優しく握りしめてきたクリスティーヌはいつもの優しい微笑み
でマシューの心を包み込んでくれた。最初は頼りない子だと思っていた彼女は、知れば
知るほど、これほど長女として頼れる存在はない、と確信させてくれた。
「マシュー、いつでも私たちは、あなたの助けなりますわ。忘れないで」
 クリスティーヌの瞳からも堪え切れなかった涙が頬を伝った。初めて見せる彼女の涙
だった。まるで人魚の涙のように尊い。
「みんな、たとえ離れても心は常に一緒だ、“蒼い兄弟”よ!」
 最後の“蒼い兄弟”のフレーズだけ、3人の声が重なった。お互いに笑い合う。
 ひとつの心残りを胸に、マシューは別れを告げた。
「もう、行くよ。時間だ…」
 クリスティーヌも、ドムの表情も必死で笑顔を作っていたのが痛いくらい分かった。
 この瞬間が一番辛い。
「本当に、何かあったら、すぐに連絡するんだよ、マシュー君」
 クリス叔父さんが、寂しそうな表情で言ってきた。
 マシュー・ハワースは、神妙な面持ちでもう一度、振り返った。
「さよなら、ロンドン。僕の思い出たち…」
 マシューは覚悟を決め、搭乗ゲートに歩みを速めた。
 そして彼女のシルエットも、彼の後を追うかのように、そこから飛び立った――
「マシューーーーー!!」
 飛び立ったアリス・ブラックウェルは勢いよくマシューに抱きつくと、ふたりは倒れ、
ヒースロー空港の床を転がった。まるで、あのヒースの丘で、再会した瞬間に戻ったかの
ように。様々な想いがマシューの脳裏をよぎっていく。たった3ヶ月の間に積み上げてき
た想い出が溢れ返った。
「何で…どこ行ってたんだ、アリス!もう会えないと思ったじゃないか!」
 マシューは床に座り直すと、彼女に向かって叫んだ。
「マシューの馬鹿ぁ!何で…日本に帰っちゃうのよ!」
 対抗するかのように、アリスはマシューと向き合い、叫んだ。ふたりは、床に座ったま
ま、2メートル程離れ、向き合っていた。
「仕方ないじゃないか!それにどうしてこの1週間、姿を見せなかったんだ!馬鹿!」
 そのマシューの言葉にムキになって、アリスも叫ぶ。
「アイルランドに行ってたのよ!馬鹿マシュー!」
「何でアイルランドなんかに行ってるんだよ!馬鹿アリス!」
「おばぁちゃんの家に行ってたのよ!探し物をしてたのよ!馬鹿マシュー!」
「一言くらい言ってから行けよ!何探してたんだよ!馬鹿アリス!」
「これを探してたのよ!馬鹿マシュー!」
 そう言うと、アリスは何かを投げつけてきた。その小さくて硬い何かはマシューの額
にぶつかり、掌に落ちた。蒼い綺麗な石だった。その石に小さな穴が空き、そこに細くて
黒い紐が通され、ネックレスのようになっていた。
「これは?アリス…」
「まじない師のおばぁちゃんの形見だよ。その蒼い石はね、絆を守ってくれるの。どこに
 居ても、マシューを守ってくれる!だから…」
「アリス…君って人は本当に…」
「だから…忘れないでね私を」
「本当に…なんて人だ…」
 マシューの瞳から涙がとめどなく溢れてきた。そしてアリスを確りと抱き締めた。
「君みたいな人…忘れないよ!僕なんかのために…無茶苦茶だよ、君は」
 ふたりはお互いの存在を忘れないように、確りと抱き締めあった。
「アリス、僕は君が大好きだ」
「マシュー、私もマシューが大好き」
「俺も、お前が大好きだ、兄貴」
「私もマシューが大好きですわ」
「僕は、普通かな。あ、ウソウソ!はははは」
 マシュー・ハワースは、絶対に途切れない絆を、このロンドンでみつけた。そして、信じ
るものをみつけた。大切なものをみつけた。
 それでも彼は、探し続ける。彼は“探求者”なのだから――

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