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哲学の塔コミュの第五章3

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 休日のハイドパークは賑やかだった。
いつもより多くの人々が各々の休日を、ゆっくりと過ごしている。
その中で、一際バタバタと慌てふためいている人物がひとり居た。
ベンチの下を物色したり、近くの草むらに顔を突っ伏しては、何かを必死に探している
ようだった。
見かねた老婆が、その若い娘に声をかけた。
「お譲ちゃん、何か探しものかね?」
声をかけられた赤髪の、そばかすの目立つ若い娘は、青い瞳を潤ませながらその老婆を
見上げた。老婆はいかにも落ち着いた調子で、鼻にかかった分厚い丸眼鏡を人差し指で
持ち上げた。
「おばぁちゃん、この辺りで金色の梟のペンを見なかった?みつからないと…みつから
 ないと、大切なともだちが、死んじゃうよぉ〜!うえ〜ん!」
アリス・ブラックウェルは大声で泣き出した。
老婆は慌てたようにアリスを抱きしめ、腰をかがめ、一緒に探し始めてくれた。
「そりゃ大変だ。そりゃ大変だわ。」
そう言いながら、老婆はゆるりとした動きで、一生懸命に草むらの中を探している。
「エミリー婦人、そのような場所を探しても、答えはみつかりませんよ。」
突然、近くで声がしたので、エミリー婦人と呼ばれた老婆と、そしてアリスも一斉にその
声の主を探した。
初老の紳士がひとり、いつの間にかベンチに腰掛けていた。
全身黒いスーツに身を包み、焦げ茶色の年代モノの革靴のつま先を一点にみつめる青い
瞳。しわのある表情をわずかにゆるませた口元が見えた。
黒いハットに、茶色い腰まである長髪が風になびく。
ふと、そのミステリアスに揺らめく青い瞳が、アリスの視線と重なる。
アリスはなぜか、その初めて会ったはずの初老の紳士に、懐かしさを感じた。
「あの…どういうこと?」
アリスは、その奇妙なデジャヴを振り払うように、初老の紳士に尋ねた。
「うむ。君の目は節穴かな?」
初老の紳士は、愉快そうに微笑をかざしてアリスに答えた。
その態度と言葉に憤慨したアリスは、怒りの矛先の全てを彼に向けるように言い放った。
「何よ!こっちは、こっちは必死に探してるのに!人の命が懸かってるのに!」
「ならば尚更、君の目は節穴だ。急いでその“大切なともだち”のもとに戻りなさい。
 君がその人のもとに行けば全ては解決する。幸運を。」
アリスは呆気にとられていた。
「まぁ!お譲ちゃん、貴方、うっかり屋さんねぇ。」
そう言って老婆が指差した場所は、アリスの鞄だった。

 ハイドパークに、一陣の風が過ぎ去っていった。
先程の慌てんぼうの赤髪の娘、アリス・ブラックウェルが答えに気づき、鞄のポケットか
らのぞく金色の梟を見るやいなや、奇妙な悲鳴をあげ、そのまま走っていった方角を眺
めていたエミリー婦人は、溜め息をついた。
「全く、あの子は、全く周りが見えていないのだから。」
エミリー婦人は、そのしわの目立つ顔を、マスクを外すように脱いだ。
すると、赤髪の少し歳を重ねたが、いまだに美貌の残る綺麗な顔立ちの女性が現れた。
「貴方の変装術は、ずっと育ててきた娘すらも欺く。素晴らしい芸術だ。
 スー・ブラックウェル婦人。」
ベンチに腰掛けていた初老の紳士は関心するように言い放った。
アリスの母親、スー・ブラックウェルは彼の隣に座った。
「8年ぶりね、久しぶり過ぎて驚きも通り越したわ、先生。突然、今になって現れるなんて。
 伝説の名探偵で冒険家のシャーロット・ロンドン。」
「そう呼ばれるのは久しいな。アリスは大きくなった。他の子供たちも大きくなったのだ
 ろうな。エヴァンが世に残した後継者たち。」
遠い記憶を遡るように、物憂げに微笑むシャーロット・ロンドンの表情には、悲しみの色
が滲み出ているようだった。
「エドも、そろそろ日本から到着する頃だわ。残りのあの2人は、今、例の“哲学の塔”よ。」
スー・ブラックウェルは、爪を噛みながら遠い目をして答えた。
「君のその癖は直らないな。敵に、隙を見せることにもなりかねない。気をつけたまえ。」
シャーロット・ロンドンは立ち上がった。
指を口元に近づけ、口笛を鳴らした。
すると、黒い美しい馬が現れた。
黒光りする肢体に、身を翻し、ぴょんと乗ると、彼はスー婦人を横目で見やった。
「あら、貴方は本当に時代錯誤でおかしな人ね。ふふ。」
「私はエヴァンの墓に寄ってから、“哲学の塔”に向かう。一足先にチャイルドたちを迎え
 入れる準備をする。君も、重々注意したまえよ。敵はもう動き出している。」
ふたりの間に沈黙が訪れた。
失われた過去のミッシングリンクが、今、時を越えて重なろうとしていた。
風が木々の葉をかさかさと鳴らし、静かに通り過ぎていく。
澄み渡っていた青い空に、知らぬ間に訪れた雨の予感。灰色の雲が光を遮るように、覆い
尽くしていく。陰鬱で寂しいロンドンの街が、色褪せた景色を垣間見せる瞬間。
誰もまだ知らなかった。長い歳月をかけ、包み隠されてきた秘密を。
スー・ブラックウェルの頬に、一滴の雨が零れ落ちてきた。
小雨がサァーと辺りを覆う。赤いジャケットを羽織ったスー・ブラックウェルの姿は、灰
色の景色の中、際立ち、ひとりポツンと取り残された。

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