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哲学の塔コミュの第一章1

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 ロンドンに来て、4日目の朝。失恋の勢いで、日本を飛び出し、ロンドンに来てみたもの
の、何がある訳でもなく、ただ、この国の時間が流れているだけだった。
「まぁ、何かを期待はしていたものの、現実はこんなものか。」
溜め息をつき、テムズ川沿いの手すりに膝をつき、向こう岸を眺めていた。
まだ9月の半ばだというのに、少し肌寒い。秋の空気が流れていた。

時は、2008年9月のある日。
ロンドンを流れるテムズ川沿いに、その青年マシュー・ハワースはたたずんでいた。
逃げるようにこの国の大学に留学してきた彼は、この数日を陰鬱な気分で過していた。
イギリス人の父と、日本人の母を持つ彼は、日本に生まれ、日本で21年間を過ごし、今年
初めてイギリスに訪れたのだ。
英語は父のおかげで苦労はしないのだが、イギリス独特の文化にはまだ慣れていなかっ
た。特に公共のバスの乗り方が未だに難しいのが本音だ。
そして住まいは、父の親戚のクリス叔父さんのところに居候することになり、当分は生
活に困ることはない。が、そのクリス叔父さんが問題だった。
とんでもなく、オカルト好きな、通称“仏のクリス”と言われる彼は怒ることは全くない
のだが、口を開けばオカルトの話を延々と語るので、その苦労が耐えない日々は続いた。
マシューはそういう類の話は信じていなかったし、すごく低俗なものだといつも非難し
ていたのだ。日本でもホラーや怪談話は話題になって若者の間でも受けていたが、彼に
はどうしても受け入れられなかったのであるが、国は違えど、その類の話はどこの国に
もつきものなのだと、人間の心の闇を垣間見た気がしたものだ。
「あら、こんなところで何をなさっているの?ミスター・マシュゥ〜ウ!」
イタリア語を話すように語尾を妙にメロディックに仕上げた声が聞こえてきた。
クリスティーヌだ。
振り返ると腰まであるカールがかった金髪を風になびかせる美少女が居た。
青い瞳を零れるようにキラキラさせて、何か包みを両手に抱えていた。慎重は150cmの
イギリス人にしては小柄で、スラリとしたスタイルに、ワイン色のベロアジャケットを
羽織り、短い黒い無地の絹素材のスカートをはためかせている。
足元は、その格好に似つかわしく、くすんだブラウン色をした年代ものの革靴だった。
「クリスティン…もしかしてその靴、お父さんの靴じゃないか?」
その答えに彼女は、ビックリした表情になり、あら、そうでしたわ、と言うように掌を口
に当てて上品に笑っていた。まるで貴族の娘のような雰囲気を漂わせていた。
誰が見ても美少女の彼女は、何かが抜けていた。そして現実と何かがずれており、常識が
かなりずれていた。マシューは苦笑いした。
彼女はとても優しく良い人なのだが、この独特な雰囲気に慣れないでいた。
でも同じ屋根の下で暮らす彼女とは、打ち解けないといけなかった。彼の…
すると急ぎ足でこちらに駆け寄ってくる者がいた。
「ティー!わが娘ティーよ…はぁはぁ…足が…早くなったねぇ。」
息を切らしながら、口ひげに眼鏡をかけた品の良さそうな男が、ニコニコとしながら彼
女の頭をよしよししていた。
クリス叔父さんだ。
「クリス叔父さん、自分の娘をティーって…お茶って呼んでるんですか?」
クリス叔父さんは愉快に笑いながら言った。
「そうだよ。お茶が大好物でねぇ。あぁ、僕がだよ、君。それで気づいたらそう呼ぶように
 なっていたのだよ。そういえば君、君の大好物な“怪談話”を仕入れてきたのだよ!」
マシューは怪訝な表情で答えた。
「いやっ…僕は全然怪談話なんか…」
言いかけながらマシューは彼の足元を見て、唖然とした。
三つボタンの紺色のスーツを身に纏い、金色のくせのある短髪を清潔に整えたクリス叔
父さんは、誰がどう見ても紳士なのだが、足元だけがおかしかった。
若い娘が履くような、レースのついた赤くてお洒落な丈の短いブーツをはいていたのだ。
そう、この親子。なぜかいつも、靴を履き間違えて外出してくるのだ。怪談より奇天烈だ。
「叔父さん、その靴、娘さんのじゃありませんか?」
それに気づいたクリス叔父さんは、やっちゃったよ!あはは、と言うように、高々に笑っ
ていた。娘のクリスティーヌも先程のように上品に笑っていた。
なんだかこの国に来て、僕はツッコミ役が多くなったなぁ、とマシューが途方に暮れて
いると、クリスティーヌが顔を近づけてきた。
マシューはたじろいだ。吐息が聞こえるほど近づいてきた。
「あの…何か?クリスティン?」
「…嵐が、来るぞ。」
「え?…」
クリスティーヌの表情からいつもの笑顔が消えてきた。冷たい無表情な瞳に、低く地を
這うような声だった。彼女はたまに、いつも可笑しいのだが、たまに、冗談抜きに変にな
るのだ。クリス叔父さんは真面目な顔で言った。
「ティーには未来を予知する能力があるんだよ。」
「…まさか、そんな。」
マシューが苦虫を押し潰すように笑いながら言った瞬間、誰かが後ろから彼の背中に飛
び蹴りをかましてきた。彼はその衝撃で地面に顔面から倒れた。
「よ!軟弱留学生で男でハーフで、…ええと、巻き毛!」
マシューは顔と背中をさすりながらゆっくりと立ち上がり、相手を見た。
「アリス…ぼ、暴力女!」
嵐が来た。
クリス叔父さんが可笑しそうに言った。
「そらおいでなすった!ティーの予言が当たったねぇ。」
するとアリスは、興味津々に、好奇心に満ち溢れた表情で聞いていた。
「え!何?何?予言??どんな!どんな!」
マシューは呆れたように首を横に振りながら教えてあげた。
「君が僕に飛び蹴りをかますだろう、って予言さ。」
「えー!すごい!クリスティン!最高の占い師、クリスティン!」
アリスは嬉しそうにはしゃいでいた。大方、クリスティンは僕の背後に走ってくるこの
乱暴で大雑把なアイルランド人娘の姿をキャッチして、警告してくれたのだろう。
僕が蹴飛ばされるのを見てみたいという好奇心と、危機を教えてあげなきゃという優し
さの葛藤の狭間で。マシューは苦笑した。
アリス・ブラックウェルは、アイルランド人の娘だ。幼い頃にイギリスに移住してきてロ
ンドン郊外に住んでいる。短髪の赤毛で、青い瞳。そしてそばかすの目立つ、美人という
よりも愛嬌のある少女だった。マシューと同じ学科の学生で、共通の科目が多かったた
め、仲良くなったのだが、ロンドンでの生活に馴染めない彼に、彼女なりのスキンシップ
で気遣ってくれていた。7割はイジメのような扱いだったが。
こうしてマシューの慣れないロンドン学園生活の1日は始まった。

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