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◆日本の神話と古代史と日本文化コミュのwikiの「卑弥呼」

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wikiの「卑弥呼」にヒメタタライスズヒメ説を編入させてもらいました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%91%E5%BC%A5%E5%91%BC

まぁ後はどうなるか、分かりませんが。

コメント(20)

媛蹈鞴五十鈴媛説[編集]
初代皇后であるヒメタタライスズヒメ(媛蹈鞴五十鈴媛命)を卑弥呼とする説である。[36] 記紀に初代神武天皇から6代孝安天皇まで妃の記述がない事から、彼らは大王ではなく、魏志の記述通り、この時代を女王国とする説である。 この説では考古学的諸要素から10代崇神天皇を4世紀初頭とし、そこから記紀による父子継承9世代ではなく、先代旧事本紀の系図などから6世代を遡り、 1世代間を約20年として神武天皇を2世紀末、卑弥呼と同時期の人物とし、卑弥呼を媛蹈鞴五十鈴媛命とする。 また15代応神天皇元年を390年とし、下ること30代前後の天皇平均在位が11年弱であることから、神功皇后を含めて15代遡り、神武天皇を卑弥呼と同時期とし、卑弥呼を媛蹈鞴五十鈴媛命とする。 魏志の「年已長大、無夫壻」の記述は神武の死後、媛蹈鞴五十鈴媛命が寡婦であった状況描写とする。この説では臺與(台与)を第4代懿徳天皇(いとくてんのう)の后である天豊津媛命とする。 また倭国王帥升を、ヒメタタライスズヒメから約5世代前のスサノオとし、記紀編纂の際、始祖王の朝貢という不名誉な記述を避けたいがために時代を大きくずらし、その結果100歳を超える天皇の記述になったとする。


誰も言わないので自分で言いますが、天才でしょこれ。
天才以外に言葉がない。
>>[001]

紀元前2世紀から紀元2世紀迄銅鐸が全国的に広まってます。此れは誰が弘めたのか?この説明抜きで、神武云々を聴いても虚しいだけです。冷や汗
>>[2]
>此れは誰が弘めたのか?

古代出雲族。

神武はその鴨王朝に婿入り。
彼は大王ではなかった。
大王ではなかったから天皇という称号を7世紀に新たに創った。
そして神武を天皇にした。
>>[003]

「出雲国造神賀御詞」
既に出雲も大和の家臣に為っています。出雲にもスサノオや大国主を始めとする大王がいました。朝廷の家臣団と為っていますから、当然彼ら自身の系譜も必要と為っているはずです。出雲も其れを強く要求していると想像出来ます。故に記紀記載の天皇系譜にも記載されているはずです。
出雲+大和の統一系譜ですね。此れが大和朝廷の完成した天皇系譜です。
>>[4]

何を言ってるのか分からないが、ここの右端が鴨氏の系図。

http://kodai.sakura.ne.jp/sblo_files/yamatai/image/mononobe-nakatomi-mikami.pdf

崇神時代にオオタタネコに変わる。
ここはポイント。
この時代に太古から続く出雲系王朝は終わりを迎える。
>>[005]

>この時代に大古から続く鴨氏の王朝は絶える
日本の国歌

細々れ石が巌となりて…
(沢山の少数部族がより集まって、長い時間を掛けて岩の様な大きな塊と為って国家を形成するまでに…)

十七条の憲法

和を以て貴しとする

日本の国の成り立ちと精神です。

上記の内容に考慮すれば、先住のアイヌや隼人は当然の事、スサノオを代表とする神門出雲も大和を構成する部族国家の一つに数える事が出来ると思います。又三貴人の分治の観点からも出雲王朝も大和の一部と朝廷は見なしていたと思えます。故に神武より開化に至る先住の出雲系の王朝をも大和の系譜として扱っているのです。
天照大神説[編集]
中国の史書に残るほどの人物であれば、日本でも特別の存在として記憶に残るはず。ヤマト王権の史書編纂者にとって都合が悪い事実であっても何らかの形で記されたはずであり、日本の史書でこれに匹敵する人物は天照大神(アマテラスオオミカミ)しかないとする説。白鳥庫吉、和辻哲郎らに始まる[18]。卑弥呼=倭迹迹日百襲媛命=天照大神の説もある。
アマテラスの別名は「大日孁貴」(オオヒルメノムチ)であり、この「ヒルメ」の「ル」は助詞の「ノ」の古語で、「日の女」となる。意味は太陽に仕える巫女のことであり、卑弥呼(陽巫女)と符合するとする。
卑弥呼の没したとされる近辺に、247年3月24日と248年9月5日の2回、北部九州で皆既日食がおきた可能性があることが天文学上の計算より明らかになっており(大和でも日食は観測されたが北九州ほどはっきりとは見られなかったとされる)、記紀神話に見る天岩戸にアマテラスが隠れたという記事(岩戸隠れ)に相当するのではないかという見解もある[19]。ただし、過去の日食を算定した従来の天文学的計算が正しい答えを導いていたかについては近年異論も提出されている[20]。
安本美典は、天皇の平均在位年数などから推定すると、卑弥呼が生きていた時代とアマテラスが生きていた時代が重なるという[21]。また卑弥呼には弟がおり人々に託宣を伝える役を担っていたが、アマテラスにも弟スサノオがおり共通点が見出せるとしている(一方スサノオをアマテラスとの確執から、邪馬台国と敵対していた狗奴国王に比定する説もある)。
魏志倭人伝には卑弥呼が死去した後、男王が立ったが治まらず、壹與が女王になってようやく治まったとある。この卑弥呼の後継者である壹與(臺與)はアマテラスの息子アメノオシホミミの妃となったヨロヅハタトヨアキツシヒメ(万幡豊秋津師比売)に比定できるとする。つまり卑弥呼の死後男子の王(息子か?)が即位したが治まらず、その妃が中継ぎとして即位したと考えられる。これは後のヤマト王権で女性が即位する時と同じ状況である。ちなみにヨロヅハタトヨアキツシヒメは伊勢神宮の内宮の三神の一柱であり(もう一柱はアマテラス)、単なる息子の妃では考えられない程の高位の神である。
安本美典は、卑弥呼がアマテラスだとすれば、邪馬台国は天(『日本書紀』)または高天原(『古事記』)ということになり、九州にあった邪馬台国が後に畿内へ移動してヤマト王権になったとする(邪馬台国東遷説)。それを伝えたのが『記紀』の神武東征であるとしている[22]。
また井沢元彦は『逆説の日本史』で、伊勢神宮はアマテラスを祀った施設で宇佐八幡宮はそのモデルとなった卑弥呼を祀った墓所であるとし、卑弥呼が祀られた理由をタタリへの恐怖心と断定している。
この説の難点としては九州にあった邪馬台国が東遷して畿内に到着したとは限定できず、畿内で卑弥呼女王の邪馬台国や倭国連合も創立されたとする説も十分成り立つところである。また、そもそも「皇祖神たる太陽女神」なる観念そのものがさして古いとはいえない説があり[23]、事実、『隋書』にあり『日本書紀』に記述がない第一回目の遣隋使(名前の記述なし)の記事には、倭国の倭王[24]が天と日を兄と弟としていた(「俀王以天爲兄 以日爲弟」)とある。天照大神という神格は天武天皇の時代に始まるとする説もある[25]。また、天照大神は本来は男性の神とする説もある[26]。また、「ヒルメ」を「日の女」であるから巫女である、とする説は他に「〜ノメ」を巫女とする用例がなく(ミヅハノメやイワツツノメなどは巫女とされた例はない)、根拠に乏しい。「大日孁貴」の孁字が説文解字において巫女、妻の意があるとする説は説文解字に「女字也」とのみあることから、これは誤りである。
神武から5世代前のアマテラスを卑弥呼にするのは時代が合わない。
今では大和の古墳時代開始が2世紀末。
2世紀末を神武として。5世代遡ってもアマテラスは1世紀末。

5世代でなく5代としても2世紀半ば。

安本さんの平均在位10年は基点を用明天皇にしているが、
応神天皇390年を基点にすれば平均在位11年弱。

だいたい九州のどこに高天原があり、
アマテラスが本当に実在したかが不明。
>>[008]

日本の資料には、一切記載されていない「倭国大乱」の事件を私は記紀神話のイザナギ、イザナミの両神の争い、則ち「黄泉路平坂の争い」としている点に、私の意見の特徴があるのです。そして、この争いこそ後の大和と出雲の争いとしています。
そして、丹波や播摩の各風土記の内容を照覧して物語化して見せたのです。

倭国大乱の記事が日本側の記事に一切見当たらないのも極めて不自然な事です。おそらく形と内容を少し変えて、表現しているのではないかと考えると「黄泉路平坂の争い」が浮かんだのですね。史実を神話の中に形を変えて挿入した典型的例だと思います。
そして、崇神のハツクニシラスの称号も大いに参考にしたつもりです。

国歌の一節や十七条の憲法を挙げて説明を試みたのは、日本人の情念と国の成り立ちから、天皇系譜を考えるのも一つの見方だと思ったからですね。
何れにしても、朝廷はライバルを殲滅はせずに、頭は斬り落とすが末裔は必ず生かして使っています。此れが我が大和朝廷の遣り方ですね。
数字は殆ど使っていません。w
>>[10]

倭国大乱は簡単に言うと「銅鐸祭祀・鴨」VS「鏡祭祀・物部」。

鴨氏、物部氏とも崇神時代から6世代遡って
クシヒガタ(鴨)とウマシマジ(物部)になる。

この二人が申食国政太夫(けくにのまつりごともうすうなきみ)(おすくにのまつりごともうすまえつきみ)。
「銅鐸祭祀・鴨」VS「鏡祭祀・物部」だったからこそ二人が立った。
>>[011]

「倭国大乱」に関して正式な日本側の資料は一切見当たりません。記紀を初めとしてホツマにも旧事本紀にもです。おそらく大和、出雲双方に書けば大変都合の悪い事が生じるから、書かなかったのでしょう。その大変都合の悪い事とは何でしょうか?
此こそ八代の天皇の事蹟だったはずです。
鏡と銅鐸の祭儀上の争いはうわべの結果論に過ぎないのです。
>>[12]

>鏡と銅鐸の祭儀上の争いはうわべの結果論に過ぎないのです。

何を言ってるんだ。
記紀編纂者にとって、新生日本国の国史を中華皇帝・安帝への土下座(帥升)から始めるわけにはいかない。
したがって時代を古く大きくごまかした。

帥升と卑弥呼はおおよそ5世代離れている。
卑弥呼が誰なのか分かられると帥升も判明されてしまう。

これは避けねばならない。

彼らは神功皇后を強引に120年ずらし卑弥呼の時代にあてた。
もちろん時代的に神功皇后が卑弥呼であるはずはない。
しかし神功皇后が卑弥呼だと思ってくれる人がいれば、記紀編纂者にとってはこれ幸いなのである。

また彼らは卑弥呼墓と大きさが合う箸墓古墳とモモソ媛の関係を、日本書紀に取ってつけたように挿入した。
モモソ媛が卑弥呼だと思ってくれる人がいれば、記紀編纂者にとってはこれ幸いなのである。

また彼らはアマテラスをスサノオの姉に設定した。
スサノオは弟になり卑弥呼の男弟に相当することになる。
アマテラスが卑弥呼だと思ってくれる人がいれば、記紀編纂者にとってはこれ幸いなのである。

彼らは、将来、卑弥呼の比定を神功皇后、モモソ媛、アマテラスと間違えてくれと願い、
それを期待して記紀を編纂したのだろう。

おそろしく頭がいい。
横からですが倭国大乱というのは2世紀前後の話です。
記紀に書かれていないのは欠史部分、西日本一帯の争い部分でしょう。

そうなると該当する可能性の高いのは孝霊天皇やその前後の話。
この西日本一帯で足跡が多いのは孝霊天皇とその皇女や皇子ばかりですからね。
スサノオというのはそれらを神格化した部分の話なんでしょう。
全邪馬連のHPに私の論文らしきものが掲載されました。http://www.zenyamaren.org/yamaren15.html

さっそく、wikiの卑弥呼を編集しました。

媛蹈鞴五十鈴媛説[ソースを編集]
日本最大の在野史学の学術団体である全国邪馬台国連絡協議会にて発表された、 初代皇后であるヒメタタライスズヒメ(媛蹈鞴五十鈴媛命)を卑弥呼とする説である。[36] 記紀において、初代神武天皇から6代孝安天皇まで妃の記述がない事から、魏志の記述通り、この時代を女王国とする説である。 この説では考古学的に10代崇神天皇を4世紀初頭と見なし、そこから記紀による父子継承9世代ではなく、先代旧事本紀などから6世代遡り、 1世代間を約20年として神武天皇を卑弥呼と同時期の人物とし、卑弥呼を媛蹈鞴五十鈴媛命とする。 また15代応神天皇元年を390年とし、下ること30代前後の天皇平均在位が11年弱であることから、神功皇后を含めて15代遡り、神武天皇を卑弥呼と同時期とし、卑弥呼を媛蹈鞴五十鈴媛命とする。 魏志の「年已長大、無夫壻」の記述は神武死後の寡婦であった状況描写とする。この説では臺與(台与)を第4代懿徳天皇(いとくてんのう)の后である天豊津媛命とする。 また倭国王帥升を、ヒメタタライスズヒメから約5世代前のスサノオとし、記紀編纂の際、始祖王の朝貢という不都合な記述を避けたいがために時代を大きくずらし、その結果100歳を超える天皇の記述になったとする。[37]


wikiの管理人、ざまぁみやがれw
>>[15]
>横からですが倭国大乱というのは2世紀前後の話です。

倭国大乱は2世紀後半ではないでしょうか。

>そうなると該当する可能性の高いのは孝霊天皇やその前後の話。
この西日本一帯で足跡が多いのは孝霊天皇とその皇女や皇子ばかりですからね。

孝霊が2世紀前後という意味ですか?
崇神が4世紀初頭ならありえませんね。

ミャーンさん、

違和感がありません。私の抱く古代のファンタジーがより躍動してきますよ。

様々な物語を紡いできた祖先、時々に想いを馳せるとき感謝せずにいられません。

有り難うございまするんるん
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信頼できる情報源に基づかない怪しい主張を書き込まないでください。--管理人A 2017年4月27日 (木) 01:47 (UTC)


【 私】
信頼できる情報源と言われますが、卑弥呼の人物比定に、個人の見解ではなく、歴史研究会としての一見解を載せただけです。これをブロックするという行為は焚書に匹敵します。著名人の意見しか認めないというのであればインターネットの意味がありません。やめてください。

そうではなく個人サイトが出典として使用できないのです。WP:RS、WP:V、WP:OR、WP:CSを見てください。よろしくお願いします。--管理人B2017年4月27日 (木) 10:56 (UTC)


「私」
意見とは、誰かが抱いている見解であり、その内容は検証できる場合もできない場合もあります。しかし、ある人やグループがある意見を表明したということは事実であり(つまり、その人がその意見を表明したのは真である)、そのことが検証可能である(つまり、そうした人や団体が意見を表明したことを示す適切な情報源を参照できる)ならば、そのことはウィキペディアに含めることができます。我々の見解はまさにこれに相当すると思います。焚書は止めてください。

ある程度社会的・学術的に認められた学者や研究会の説でなければ載せてはいけません。歴史研究会とのことですが、この説が学界で認められたり、メディアで取り上げられたりしていますか?--管理人A

「 私」
了解しました。

そして「全国邪馬台国連絡協議会」入会、論文発表。
Wikipedia:信頼できる情報源をもう一度ご確認ください。「全国邪馬台国連絡協議会」「古代葛城研究会」という団体が第三者の評価としてどのような立ち位置になるかが判然としませんし、卑弥呼で追記したものは出典のついている文章は2文ですから、追加したセクション全体が出典に寄っているとは判断できません。--管理人C 2017年5月6日 (土) 15:28 (UTC)

「 私」
「全国邪馬台国連絡協議会」は日本最大の邪馬台国研究学術団体です。そこで発表された説ですので、「日本最大の邪馬台国研究学術団体」が、第三者の評価としてどのような立ち位置になるか分かっていただきたいです。「ある程度社会的・学術的に認められた学者や研究会の説でなければ載せてはいけません。」ということであれば、これほど「社会的に認められた」研究学術団体はないと思います。

あなたが出典としている[1]は、〇〇氏が全国邪馬台国連絡協議会のコンテンツ内に投稿したものにすぎず、全国邪馬台国連絡協議会において公式に認められたものではありません。同コンテンツをざっと眺めただけでも、同説と対立するものがいくらでも見つかります。学会・研究会それ自身の権威・評価と、それに属する個人およびその意見の権威・評価をごっちゃにしないでください。管理人D

「私」
>『私の古代史論』]」なるコンテンツ内に投稿したものにすぎず、全国邪馬台国連絡協議会において公式に認められたものではありません。

全国邪馬台国連絡協議会において「公式に認める」などということはありません。「説を提起した」という「真」の話です。説を提起したということも書けないのはおかしいです。
「意見とは、誰かが抱いている見解であり、その内容は検証できる場合もできない場合もあります。しかし、ある人やグループがある意見を表明したということは事実であり(つまり、その人がその意見を表明したのは真である)、そのことが検証可能である(つまり、そうした人や団体が意見を表明したことを示す適切な情報源を参照できる)ならば、そのことはウィキペディアに含めることができます。」
私はまさにこれに該当いたします。


その言い方だと「意見はウィキペディアに好き放題書くことができる」ということになってしまいますよ。他の方針文書をよくご確認ください。管理人A


「私」
>その言い方だと「意見はウィキペディアに好き放題書くことができる」ということになってしまいますよ

どうして話が戻るのでしょうか?「ある程度社会的・学術的に認められた学者や研究会」において発表された一つの説です。個人のHPで発表してるだけではありません。「ある人やグループがある意見を表明したということは事実であり(つまり、その人がその意見を表明したのは真である)、そのことが検証可能である(つまり、そうした人や団体が意見を表明したことを示す適切な情報源を参照できる)ならば、そのことはウィキペディアに含めることができます。」ですから私の場合はこれに当てはまりますよね?卑弥呼の候補は無限大にいません。時期的に数人に限られます。そのうちの一人を提示してるだけです。何が問題なのか分からない。


●今ここ。

敵は5人か。

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