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OSHOの黄金の華の秘密を読むコミュの第4章-1 ここで行っているのはビジネスだ 質問1

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Question 1
THE RIVER ULTIMATELY REACHES THE SEA. THE BODY GOES AND THERE REMAINS ONLY EXISTENCE, THE INFINITE. WHAT THEN IS THIS URGE AND THE PURPOSE OF GETTING THERE NOW? ISN'T IT PUSHING THE RIVER?


質問1:
「川は最終的には海にたどり着きます。
 肉体は去り、存在だけが、際限のないものだけが残ります。
 それでは、今そこに到達したいという衝動、目指す目的はいったい何なのでしょうか?
 それは川に対して強いることにはなりませんか?」

コメント(19)

Hamid, the problem is that man is NOT a river, man is very much frozen. There is no flow in man's being. Man is like ice, not like water.
If man is a river, there is no need to push it, it will reach ultimately to the ocean. It HAS already reached: in that very flow it has become part of the ocean. To be flowing is to be oceanic.
But man is not flowing, hence the urge. The ice wants to melt, hence the effort. Once the ice has melted, then there is no need to push anything, then everything happens of its own accord.

ハミッド、人間が川ではないことが問題だ。
人間はとても凍り付いている。
人間の存在には流れがない。
人間は氷のようで、水のようではない。
もし人間が川であったら、それに強いる必要はない。
それは究極的には大洋にたどり着く。
もうとっくににたどり着いてしまっていただろう。
正に流れであることによって大洋の一部になった。
流れるということは大洋的であるということだ。

しかし人間は流れていない。だからその衝動があるのだ。
氷は溶けたいと思う。だから努力がある。
一旦氷が溶けたら、何かを強いる必要は何もない。
そうすると全てのことが自発的に起きる。


Man has become a rock. And the reason why man has become a non-flowing rock is the mind. The body is perfectly flowing, so is the soul. But between the two, the link, the mind, is frozen ice. Once the mind goes deeper into meditation it starts melting. That's what meditation is all about: an effort to melt the mind.

人間は岩になってしまった。
人間が流れのない岩になった原因はマインドにある。
肉体は完璧に流れている。魂もそうだ。
しかし、その2つの間の橋渡しであるマインドは凍った氷だ。
マインドが瞑想の中に深く入りさえすれば、溶け始める。
それが瞑想の何たるかだ。
それはマインドを溶かす努力だ。


You say, 'The river ultimately reaches the sea.'
That's true, but first become a river.
You say, 'The body goes and there remains only existence, the infinite.'
True, but between the body and the soul there is a mind clinging to you, or you clinging to it.

あなたは「川は最終的には海にたどり着きます」と言っている。
それは正しいが、その前に川になる必要がある。
あなたは「肉体は去り、存在だけが、際限のないものが残ります」と言っている。
それも正しい。
しかし肉体と魂の間にマインドがあり、あなたにしがみついている。
或いはあなたがそれにしがみついている。


The body goes, but you don't become the infinite because you are not only surrounded by a body -- that is your physical limitation -- there is psychological limitation inside it. Through the death of the body, mind will not die, it will take rebirth. It will move into another womb, because it will carry so many desires which are to be fulfilled. It will again seek another womb, another body with which to fulfil those desires. That is the very foundation of the theory of reincarnation.

肉体は去るが、あなたは際限のないものにはならない。
何故ならあなたは物質的な制約である肉体に囲まれているだけではなく、
精神的な制約があるからだ。
肉体の死を通してはマインドは死なない。
それは生まれ変わる。
マインドは満たされるべき多くの願望を持ち運んでいるために、
それは違う子宮に移動する。
それはまた別の子宮を、その願望を満たすための別の肉体を探す。
これが正に生まれ変わりの理論の基礎だ。

Mind desires, and if desires are there, then opportunities will arise in which those desires will be fulfilled. God cooperates with you. If you have desires like a dog, you will become a dog, you will have the body of a dog. Your mind creates the blueprint, and then the body follows. The body is a projection of the mind, not vice versa. Unless mind disappears completely you will be born again and again. Once the mind is gone, then it is perfectly true, Hamid: the body disappears and you are the infinite. In fact, if the mind is not there, you are the infinite without the disappearance of the body, without the death of the body. There is no need to wait for that.

マインドは願望する。
そして願望があるなら、その願望が満たされる可能性が起こる。
神はそれに協力する。
もしあなたが犬のような願望を持っていれば、あなたは犬になる。
あなたは犬の肉体を持つ。
あなたのマインドが設計図を作りだし、肉体がその後に従う。
肉体はマインドの投影で、その逆ではない。
マインドが完全に消えない限りあなたは何度も生まれてくる。

ハミッド、一度マインドが去ると、このことは完全に正しい。
肉体が消え去り、あなたは際限のないものになる。

実際、マインドがないと、
肉体が消えることがなくても、肉体が死ぬことが無くても、
あなたは際限のないものになる。
それを待つ必要はない。


Buddha is infinite even when he is in the body because he knows he is not the body. Buddha is infinite when he leaves the body. There is no difference for him: living in the body or leaving the body is the same. You live in a house, but you don't think that you are the house.
Exactly like that, an awakened consciousness lives in the body; it uses the body just as you use a car. You sit in the car, you drive the car; you know that you are not the car. You can get out of it any moment. You need not wait for an accident to happen when the car is destroyed to feel that you are not the car. And if you don't know it when the car is there and you are in it, how are you going to know it when the car is not there? Just through the death of the body, you will not know that you are infinite.

ブッダは彼が肉体にいるときでさえ際限のないものだった。
何故なら、彼は自分が肉体でないことを知っていたからだ。
ブッダは肉体を去るときも際限のないものだった。
彼にとっては違いはない。
肉体に住んでいようと、肉体を去ろうとそれは同じことだ。

あなたは家に住んでいても自分が家だとは思わない。
それと全く同じことだが、目覚めた意識が肉体に住んでいる。
それは、あなたが車を使うのとちょうど同じように肉体を使う。
あなたは車の中に座り、車を運転する。
あなたは自分が車でないことを知っている。
あなたはいつでも車を降りることができる。
あなたが自分が車でないと感じるためには、事故が起こって車が壊れるのをまつ必要はない。
しかし、もしあなたが車の中にいて自分が車でないことを知らなかったら、
車がなくなったとき、どうやって車でないことを知ることができるだろう?
肉体の死によって、ただそれだけでは、あなたは自分が際限のないものだと知ることはない。

Either you are infinite herenow, or you will never be. Infinity is your nature.
The real problem is not the body. The body is not the culprit as the so-called religions have been telling you, 'The body is the culprit!' The body is not the culprit at all. The body is utterly innocent and beautiful. The culprit is the mind, the MIND IS the devil. You will have to dissolve the mind, hence the urge, hence the purpose of all the methodologies that have been developed down the ages: Tao, Yoga, Tantra, Zen, Hassidism.
Become a river and then nothing is needed. That's what THE SECRET OF THE GOLDEN FLOWER says: Achieve inaction through action, achieve effortlessness through effort. But first comes the effort, the action. It will melt you, and then the river starts flowing. In that very flow it has reached the ocean.

あなたが今ここで際限のないものであるか、
決してそうならないか、どちらであろうが、
際限のなさはあなたの本性だ。

本当の問題は肉体ではない。
いわゆる宗教があなたに吹き込んできたように、肉体は罪人ではない。
肉体は、罪人などではない。
肉体は、全く無垢で美しい。
罪人なのはマインドだ。
「マインド」は悪魔だ。
あなたはマインドを溶かす必要がある。
タオやヨガや禅やハシディズムが長きにわたって開拓してきた技法は、
そのための努力、それが目的だ。

川になりなさい。そうすれば何も必要ない。
それが「黄金の華の秘密」が言っていることだ。
行動を通して無行動に至りなさいと。
努力を通して無努力に至りなさいと。
しかし、最初に努力が、行動が必要だ。
それがあなたを溶かし、川が流れ始める。
正に流れ自身によって、それは大洋に達してきた。

======================================================================
本文はここまでです。
以下に、感想・ご意見・質問等をコメントとして書き込めます。
  目次に戻る http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=44491761&comm_id=4419288
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質問者は、探求者であれば誰でも疑問に思う質問をしています。

> 川は最終的には海にたどり着きます。
> 肉体は去り、存在だけが、際限のないものだけが残ります。
> それでは、今そこに到達したいという衝動、目指す目的はいったい何なのでしょうか?
> それは川に対して強いることにはなりませんか?

OSHOの答えはシンプルです。

> 罪人なのはマインドだ。
> 「マインド」は悪魔だ。
> あなたはマインドを溶かす必要がある。

そして、OSHOは黄金の華の秘密の神髄を一言で言っています。

> 川になりなさい。そうすれば何も必要ない。
> それが「黄金の華の秘密」が言っていることだ。
OSHOの言葉を何回も読み直すと、読むたびに響くところが違うのですが、

> しかし人間は流れていない。だからその衝動があるのだ。
> 氷は溶けたいと思う。だから努力がある。
> 一旦氷が溶けたら、何かを強いる必要は何もない。
> そうすると全てのことが自発的に起きる。

ここは、あぁOSHOの言うとおりだよな!
と、いつも心に染みるところです。
それ故のこの葛藤、それ故のこの渇望・・・

(写真は、平泉を流れる北上川です)
おかげさまで、
気をいれかえて、
自宅でクンダリーニ瞑想を再開しました。
いつまで、続くかはわかりませんが。
すなくとも、私の本質はなまけものなんだと、
自覚しました。

感謝わーい(嬉しい顔)
クローバー>肉体は去るが、あなたは際限のないものにはならない。
何故ならあなたは物質的な制約である肉体に囲まれているだけではなく、
精神的な制約があるからだ。

肉体の死を通してはマインドは死なない。
それは生まれ変わる。

マインドは満たされるべき多くの願望を持ち運んでいるために、
それは違う子宮に移動する。
それはまた別の子宮を、その願望を満たすための別の肉体を探す。
これが正に生まれ変わりの理論の基礎だ。クローバー


CD同じマインドの願望を持ってくるから
また同じような繰り返しを、生まれ変わっているのですね。
いつも、同じところで ひっかかって‥‥CD


砂時計切腹する時、侍は、次の生のことを念じながら
自分のお腹を切って、腸を引き出し、目の前にきれいに並べて
果てていくものだ‥‥
と聞いたけれど、
それだけ強いマインドの願望を持って死ねば
また、それを繰り返せるんですね。きっと。

ああ、なんだか胃がいたくなりそう‥‥(笑)砂時計


クローバー>あなたのマインドが設計図を作りだし、肉体がその後に従う。

肉体はマインドの投影で、その逆ではない。
マインドが完全に消えない限りあなたは何度も生まれてくる。クローバー


CD「ほ・おぽのぽの」ではないけれど、
すべて、自身のマインドが源で、
その潜在意識の記憶が現実を作っていくというのは
そういう、ことなんですね。きっと。

クローバー 肉体は、全く無垢で美しい。
罪人なのはマインドだ。
「マインド」は悪魔だ。
あなたはマインドを溶かす必要がある。クローバー

ぴかぴか(新しい) クリーニング!クリーング!ぴかぴか(新しい)

クローバーマインドが瞑想の中に深く入りさえすれば、溶け始める。
それが瞑想の何たるかだ。
それはマインドを溶かす努力だ。クローバー


魚プラボード!
なんだか、すごくいいタイミング!
ありがとうございます。
OSHOの言葉をじっくり味わうと、そのときそのときの自分の状態に合った
大きなアンサーに出会うという感じが僕もします。

このコミュはゆっくり進めていますが、ゆっくりというのがいいのかもしれません。かたつむり
すいません。
初歩的な質問させていただきます。
ここで使われているマインドと言う言葉は
何を指している言葉なのでしょうか


精神なのか

考えなのか

それとも欲望なのでしょうか。
新鮮な質問ですわーい(嬉しい顔)

OSHOが使うマインドは、頭で考える「考え」のことです。
別の言葉でいうと、色メガネのようなもので、物事の本当
姿を見るのに邪魔になるものです。

考えの内容がいい(善意のも)とか悪い(悪意のもの)と
かはあまり関係なく、色メガネであることで、私たちが本
質を見るのをを邪魔するという意味で「悪魔」などとOSHO
は言っています。

しかし、OSHOでさえ、私たちに話しをするときにはマインド
を使う必要がありますし、私たちが生活をする上で役に立つ
すばらしい道具(よくできたコンピューター)だという言い
方をOSHOがをすることもあります。

なので、「悪魔」だとOSHOが言っているのは、マインドはあ
くまで道具であって、自分そのものだと勘違いしないように
という警告の意味で言っているのだと思います。
マインドのこと、
うまく説明してるね。いいねウインク
明快な返事を
ありがとうございました。
>・・・ 最初に努力が、行動が必要だ。
 それがあなたを溶かし、川が流れ始める。

最初の努力で 未だに足踏みしてます。
>川になりなさい。そうすれば何も必要ない。
>それが「黄金の華の秘密」が言っていることだ。
>行動を通して無行動に至りなさいと。
>努力を通して無努力に至りなさいと。
>しかし、最初に努力が、行動が必要だ。
>それがあなたを溶かし、川が流れ始める。
>正に流れ自身によって、それは大洋に達してきた。

意識をともなった行動がピーク、努力がピークになったら、
行動していた、努力していた人が、跡形もなく消えてしまっているね。
そうなったら、流れだけがあるね波
>にゃんこちゃんのコメント

>砂時計切腹する時、侍は、次の生のことを念じながら
>自分のお腹を切って、腸を引き出し、目の前にきれいに並べて
>果てていくものだ‥‥
>と聞いたけれど、
>それだけ強いマインドの願望を持って死ねば
>また、それを繰り返せるんですね。きっと。

>ああ、なんだか胃がいたくなりそう‥‥(笑)砂時計

切腹のことは、くわしくないけど、
聞いた話では、腹を切る場所というのがあるそうだ。
たぶん内側を観て、ある腹のポイントを切るんだと思います。。
そこは、痛くないポイントで、
だから、笑いながら、腸を引き出して、観ていることができるんだそうです。
そういう人は、もう2度と生まれてこないような気もするなぁ。

それから、切る腹のポイントがわからない人も、たくさんいるわけで、
切るポイントを外して、苦しんでたら、
即座に、側にいた人が刀で、腹切り失敗した人の首を切り落とすそうです。
苦しまないでいいようにふらふら

ちょっと、気になってたとこ、
思い出して、コメント入れてみました。
ちょっと、横道に入って、休憩中コーヒー

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