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アキグレコミュのXIII;妖精の時刻 10/Gear Master

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……彼女は電話を受けなかった。
30秒くらいベルだけ聞かされて、結局諦めてしまう。
さっきの男は、すでに姿を消している。
このまま戻ってこなければよいが……そうは期待しない方が良かろう。
いっそ今頃死んでいたり、攻撃してきたのなら、ここまで怖くもなかったはずだった。
アイツ、要するに俺にあいさつをする為にわざわざ出向いたのだ。

これは警告だ。
その気にさえなれば、俺なんかいつでも殺せる、と。

俺の慌てようから、既に世玄と接触している事も読み切ったはず。
やっと、待ち兼ねの電話が鳴る。
世玄が俺に教えた番号ではなかったが、こんなに長くておかしな番号の知り合いなんぞ、あの娘しかいない。

「もしもし」
「あ……ごめん。シャワー浴びてたの」

ケータイから、彼女の声と共にうっすらとシャワーの音も雑ざっている。電話の向こうはおそらくあのホテルの部屋なのだろうか。

「思ったより早いご連絡でして。
――――どう? 私とてを組む気になりましたか?」

俺の声は、惨めに揺れている。

「俺、どうも時計の翁ってヤツにあったみたい」

イギリス式の強いアクセント、
流行りを越した紳士みたいな服装、
愉快で若い外見とは裏腹の、最後の励ましメント。
何よりも、遥々韓国にまで来て、彼女を探していた。
彼女が何か言ってくれるまで待っていたが、流石の彼女も默默不答であった。
しばしの間を取って、世玄が頭を回転し始める。

「今、どこ?」
「喫茶店。学校前の」
「私がそっちに行きます。ほかの事は一節考えないで、部屋にいて」

一方的に切られた。
仕方がない。柚志の事は後廻しだ。
まず俺が生き残らないと、何をやっても意味がない。
とても信じがたい話ではあるが、世玄の話がもし真であれば、俺はもう命を狙われている。
奥様に挨拶して、急いでイノセントを後にした。


----------


部屋まで走ってきたら息が切れそうになっている。
くっそ、普段運動でもしておけば良かった。
時間を計ると、イノセントからここまで15分かかっている。歩くと25分はかかるのに、結構短縮されるものだ。

「さて、あの娘が来る前に部屋を片付いて……あれ」
「電話を切ってからここまで14分20秒。タバコを止めてはいかが?」

彼女は部屋のドアに背中をかけて、俺を待ち伏せていた。
おかしい。彼女が泊まっているホテルから、少なくても40分はかかると思ったのに。
よくよく見ると、彼女のほっぺは赤くほてていて、顔からもお色気が増している。長い髪から落ちる水が、玄関口を濡らしている。
俺はどっさに、このまま彼女を外で立たせてはいけない気がした。

「中で話そう」

ぱたん!
部屋に入ったら彼女は、問答無用に俺をすり抜けてトイレに身を潜めた。

「ヘアードライヤー……ひとり暮らしの男の部屋にあるわけないか」

ぐっさーーーーっ。
ドリルのようなものが、背中を抉っては消えてゆく。

「ひ……一つ買っておこうか?」
「うん。お願い。今すぐ」

礼儀上言ったまでだったが、それをまた激しく噛み付いてくる。
この女は礼儀正しいのか無礼なのか、今一分からない。

「わぁったよ。待ってて」

ドライヤー。
コンビニに売ってたっけか?


-----------


「ぜぇ、ぜぇ……」
「ご苦労さまでした。ささ、オヒヤでも飲んで」

ごくごく、ぷはーーーーくっそ、いったい今日はどれだけ厄日なのか。
当然といえば当然な話、ヘアードライヤーを置いているコンビニなんぞ、ある訳がない。
仕方なく、駅の向こうにある大型百貨店にまで買い物してくる羽目になってしまった。
こんな暑い中数十分がすぎ、やっと生還してみたら、ドライヤーを使う予定だった人は乾き切った髪とつやつやな肌でドアを開けてくれていて。
むしろ俺のほうが汗ばんでしまった。
何か、無駄にパシられた気がする。

「後でジンヨンさんが使えば宜しい。男にしては、髪長いですし」
「……」

良いのか、それで納得してよいのか!?

「うむ。時計の翁に会いましたと?」

そう。
ドライヤーの処分などの問題はささやかなのだ。
ベットに腰をかけ、とりあえずタバコから持ち出した。
カチャ、しゅう……。

「ああ。どうもご本人の登場のようだ。
イギリスっぽい英語に背が高いヤツだった。君が映った写真を持っていたし、俺の前で時計まで見せたよ」

世玄の顔が固まる。
まるで鬼でも幽霊でもみたような、怖くて蒼白な物になっていく
「……どうも、嘘を言っているわけではなさそうね」
「バカ、こんな事柄で嘘ついて何になる?」

ムゥ。世玄が若干怒り気味だ。
もう少し言葉を選ぶべきだったかもしれない。

「ともかく、貴方や私は選択を強いられた。
 あの男がソウルに現れた以上、私ももう長居はできない。
 貴方が私と一緒に戦うつもりがなければ、私は今からソウルを立つ。殺されたくないからね」

 ここへ来てようやく、彼女の苦しみが染み付いて来た。
 アイツは時計の居場所を突き止める能力がある。
 マエストロが第2時計を狙う限り、この世界に安堵の地はない。
 返り討ちにするか、何とか逃れて次のチャンスを伺うしかない。

「アイツに時計を差し出す、という選択肢はどうだ?」
「貴方がそうしたいのなら、止めはしない。それは貴方の自由だからね。
 私は、自分から時計を投げ出すならば、いっそ死んだほうがマシだけど」

「おいおい、死ぬだなんて大げさな――――」
「人成らざる力とはそういうものよ。
 得てしまったからには、人としては居られない」

 ううぅ……。

「まぁ……その場合、私はソウルを去り他の異能力者に協力を請う。
 もう二度と、貴方と合間見える事もないでしょう」

考えてみたら、こんな雲の上の女と言葉を交わせるのも、時計のお陰だ。
俺が彼女と同じく時計を持っているから、同線上で立っていられる。
おそらく、時計を差し出すと殺されはしないだろう。あの男の口振りがそう思わせるのだ。

が、そうなると一般人に逆戻りだ。
そこからは普通の、細くて長い凡人の人生が待っている。
もうこの時計でおいしい場面に出会うのは、不可能だ。
今日のように美味しいカレーとも、おそらく二度と食べられない。

「……考える時間をくれないか」

それが精一杯だった。

「いいけど。
 但し、少なくても私が飛行機に乗る前にまでは言ってほしいかな」

明日中には、逃げないと。
彼女はそう口走った。

「わかった。
 ……もう少しは骨のある人だと思ったけど。見当違いだった」

最後に一度だけ笑みを見せると、彼女は部屋から出て行ってしまった。
一気に緊張が解れて、そのままベットに倒れこむ。

「はあぁ……
 おれって、結局なんだろう」

二十歳になってやっと、俺は己の存在に質問を投げつけた。

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