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紙漉き通信コミュのW0rld of Yugen :Japanese paperart works by Kyoko Ibe

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World of Yugen ;Washi works by Kyoko Ibe




  開催趣旨 2008年

和紙は世界の手漉き紙のなかで最も優れているとたびたび海外の文化人に評価されてきました。中国伝来の紙づくりの技法は山紫水明のわが国の風土に適していました。古人たちは“木と紙の文化”とよばれる豊かなライフスタイルをつくり上げ、永らく豊かな紙のある暮らしを享受してきました。質、量ともに世界に比類ない日本の紙文化は、今日的な環境との共生、エコロジーの観点からすれば理想的でした。 原材料である楮、三椏、ガンピなどは若枝だけを毎年刈り取って原木はそのままに温存しますので、原料が枯渇することはありません。また火力と水力の他はすべて手作業で、薬品を一切いっさい使わずに生産され、環境を汚染することもありませんでした。そして完成品である紙は裏表両面を使い、不要になればふすまや屏風の下貼りや、包装紙として再利用されました。破れや汚れで再利用できないものは回収されて、紙に再生されました。自然に負荷をかけずに紙のある豊かな暮らしを享受したこのライフスタイルは、先人たちの叡智の賜物であり、ECOライフの理想的なモデルとみなすことが出来ます。

紙の再生がいつごろ始まったかは定かではありませんが、再生紙に関して最も古い記述は997年に発行された日本三代実録にあります。それによれば、清和天皇にご寵愛を受けた后の藤原多美子が、天皇の亡き後大切に保存してきた天皇からの和歌を綴った手紙を再生し、写経して供養したと書かれています。命のはかなさを人の世の定めと受け止めて、その悲しみを見事に昇華させたこの行為には、時代を越えてしみじみとした深い感動を覚えます。

墨はいったん乾くと水につけても色落ちせずにそのまま残り、再生紙はほのかな墨色になります。文字として記録された情報は解体されてその機能を失い、そこに秘められた行為と魂の痕跡が憂いを秘めた薄墨色となるのです。故人たちはそのなりゆきを雅味のあるものとして、時にはあたらしく漉かれた紙以上に美的なものとして高く評価しました。中世の天皇や上皇の詔は好んで再生紙にしたためられ、今でもそれらは博物館に保存されています。
人の定めは時間軸に沿って生から死までこの世にある、いわば直線的にながれる時間軸からのがれることの出来ない存在です。他方書きつぶされた紙は水につけて砕かれてまた紙として蘇り、生活に還流されます。藤原多美子の意図したところは、亡き人の文字に託して残された思いを循環的な紙の時間軸に移し変え、実体を持たせることだったのです。中国では再生紙を還魂紙とも呼ぶといわれています。この呼び方にはたいして深い意味はないという説はありますが、日本の史実や現存する遺物はその名称にふさわしい意味を具現しているように思えてなりません。

平安末期の12世紀になると貴族の統治が緩み始め、富と武力を蓄えた武士が、京都を制圧しようと次々と都に攻めのぼり、動乱の時代は16世紀末までつづきました。新興勢力である武士階級は、圧倒的な力を誇示するように豪華絢爛とした桃山文化を大胆に開花させました。他方、源氏物語に象徴される雅な貴族文化は、能に最も顕著にみられる幽玄、茶道において利休の究めた侘び、さびの美学へと展開しました。この対極的な二つの文化トレンドは、緊張関係をはらみながら相関的に展開し、日本文化の根幹として今日まで受け継がれているように思われます。桃山文化の複雑豪奢に対し、簡素清淡の美、人為的で贅を尽くした装飾過剰の極みに対して正常で自然な美、官能的で享楽的なものに対して精神的、霊的で静謐にして深遠なるもの、斬新な異国趣味の唐様に対して雅なるものの栄枯盛衰を潜り抜けた和様、現世享楽的大判振る舞いと禅の思想に基盤をおくストイックなミニマリズム。覇権の交代が起こった11-16世紀の戦乱の時代は陰と陽のように2つの相反した文化トレンドを共に極めた文化繁栄の時代でもあったのです。

侘び茶の集大成といえる茶室建築では、建具や土壁の下貼りとして、薄墨色の再生紙が好んで使われ、和紙によって表具された書画がシンボルとして床の間に掛けられ、その手法は今日まで踏襲されています。木、土、竹といった自然素材で構成された素の空間に、人の手で2度水をくぐり、再生された手のこんだ人工素材である紙を組み合わせるという発想は寂び茶の精神に叶ったものであると思われます。茶道では、見立てによる他用途のオブジェクトの転用、自然材の意外な使い方による新たな価値の発見、ありふれ器材の見過ごされていた美の発見など、知的錬金術ともいえる洗練がつくされていながら、作為を超えて絶対的な調和へと統合された時空を展開いたします。茶室における再生紙は、自然素材の中の人工材でありながら、自然材と馴染み、それでいて人の気を漂わせ、その空間にいる人の視線をやさしくうけとめて、道具立てとも調和させる心憎い配慮であると思われます。

自然は四季がめぐるように循環的であり、ひとの一生とは異なった時間軸にあります。個々人に課せられた、生から死へといたる直線的で不可逆な時間と森羅万象をつかさどる宇宙的な時間をいかに折り合いをつけて受容するかは、人類永遠の大命題といえます。生きることが今ほど容易でなかった動乱の時代にあって、無常感を超越し、森羅万象をつかさどる真理と究極の美を具現したこの時代の芸術に対峙する時、われわれは不意をうたれ、時を越えて深い感動に引き込まれ、言葉では言い尽くせない、ありあまるものとしての幽玄の世界を直観することが出来るのです。時代の与える文化的諸条件を徹底的に追求した極限において、芸術の普遍性としての高みへの超脱を成し遂げた偉業は、まさに命がけの革命的な行為であり、開かれたペシミズムでもある禅の思想に通底するものでした。

本プロジェクトWorld of Yugenは紙の再生を和紙文化史の深遠な部分として捕らえ、その精神を再体験させる意味触発装置を現代美術として提起するものです。自然の恵みである木の繊維を水だけで整える手漉き紙の世界に沈潜し、自らの生命から発する力を素材に寄り添わせ、作為と時代を超えて幽玄の世界を現代に呼び戻すことを希求いたします。歴史にのこる偉大なる芸術家への憧憬を精神の糧とし、素材を紙の生産に機械が導入される以前の古文書(反故書)と古紙に限定し、それらに秘められた意味と幽玄の気が立ち上がってくることを導きだそうとするものです。
発明以来2000年あまり、紙は情報の媒体として文明をささえつづけてまいりました。情報革命が加速し、目に見えない情報伝達の手段が世界を覆う今日、情報媒体としての紙の主機能は新しい技術に大部分代替されていくものと思われます。それにより機能的な役割が軽減され、精神の依り代としての感性機能がより鮮明になり、芸術のメディアとして現代によみがえることが出来るのです。私の制作は、機能的な面からの紙の再生を超えて、その時代を生きた人々の肉声と文化を現代に蘇らせ、芸術の永遠の時間軸に沿わせるものであり、合理を超越した日本の美学、幽玄に迫ろうとするものです。自分と過去とのつながりを作品化し、鑑賞する人々に現代と未来をともに考える場となればと願います。
人類の存亡をかけた環境戦争に直面した現代にあって、自然との共生を願う人々は 現代の無常感ともいえる近未来にたいする悲観的なイメージに憂慮を強めています。紙の温故知新がポジティブで、美的に体験され、生きとし生けるものの調和を求める心を涵養し、人間性のもっとも大切な部分として遍く受容される契機となることを念願します。 

                             伊部 京子

コメント(1)

伊部さんの展覧会を残し、無事に終了しました。

http://www.kyokoibe.com/exhibition_ja.html


私は10月21日公開で40人ほど集めてデモンストレーション、ワークショップを開催。

非公開で紙造形をしている生徒さん10数人を相手に24日午前中3時間の濃密授業。

弟子作りを兼ね、マンツウマン指導を20日と23日の2回(2人)の都合4回の開催を

行ってきました。



道具も材料もすべて置いてきました。
組み立て式楮1年もの、楮の葉の押し花だって、教材として置いてきました。
黒皮・白皮・トロロアオイの写真(弟子のN撮影)。
完成品である和紙も数種類。

冷凍庫にトロロアオイも入れてきました。
濾し布袋も

みんな活用されたらいいのですが、さあどうでしょう。

弟子として養成した2人は楮を煮ることから伝えたので
やる気があれば、数年後には立派な・・・・・立派な・・・・・。

まあそこまで、伝え切れていませんが
英文の制作工程表を片手に復習すれば、
どうにかしてくれるでしょう。

先ずは、無事終了しました。


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