ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

ウイングカー時代の隠れ車庫コミュのくげん・ちょくげん!? R'on #499 「ウイングカーの時代 Part II」感想トピ

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
発売から一週間。

期待に胸膨らませて本屋に走った人、配達のピンポンにダッシュした人、ポスト覗いてドキドキした人etc…


待望の「ウイングカー時代」特集第2弾は如何だっったでしょうか?



皆さまの感想などを是非。


※色々アレなので、誌面画像のUPとかは暫く見合わせたいと思います。あせあせ

ご協力お願いします。

コメント(53)

>>[13]

お恥ずかしい話ですが、当時自分も白紺の1980年モデルは49Bだと思い込んでいた時期があって、だからこそその勘違いをメジャー媒体で拡散しないで欲しいという気持ちが強いです。冷や汗

結局Bはズニーノとレバークだけで間違いないと思います。

「横置き」といっても当時はピンと来なかったのですが、当時のAS誌の技術解説号を読み返すと、ワイズマンギヤボックスは「ヒューランドベースで、オリジナルより高さがありやや重いものの幅が狭い」という事のようです。

空力的な面より機能面での新機軸が念頭にあったのかも知れませんね。


ちょっとこのコーナーのフォローをすると、マーレーの話として「空力中心と重心のズレを解消するのに、フロントのウイッシュボーンを作り直してホールベースを延長して対応した」ところ効果てきめんだったという逸話は初見でした。

メカニックの助言だったそうですが、おかげでシャシー本体を作り直さずとも改善できたとか。

そう言われると確かに初期のBT49から後継のBT50だと、同じプルロッド形式ながら結構形状が異なっているのはそういう変更の積み重ねだったのかと合点が行きました。

この部分に関しては価値がある記事だと思います。










>>[14]

>ヒューランドベースで、オリジナルより高さがありやや重いものの幅が狭い

ちょっと色々ひっくり返して調べましたが、中身は例によってヒューランドのようですね。
この変更でリヤサスもプルロッドからロッキングアームとし、ダンパーユニットもドライブシャフトの前寄りから最後尾に移動、ご指摘のとおりハイトはあるもののダンパー分も含めてエアフローの改善になったみたいです。

ただ、フロントサスはプルロッドのままですので前後バランスを取るのが難しく、挙動が不安定でピケットのお気に召すようにはできずじまいだったとか。

しかし「BT49B」というタイプネームは、少なくともASでは表記されなかったので、「BT49C」が突然出てきたような感じ当時も否めませんでした。
81年になって後付けで「ワイズマンギヤボックス付きがBT49B」と称したような記憶もあります。


>>[15]

自分は基本AS派だったので、どこかで"49B"表記を見たのだと思います。

ワイズマンギヤボックスの話題は、多分USウエストGPの時にリック・メアーズのテスト参加と同じ時に紹介されたのではなかったでしょうか?


手許にあるシリーズ終盤の10-1と10-15号にはイラスト付きで各車のメカ紹介(by舘内端センセイ)がありますが、ここではBにはなっていませんね。

※参考に1980年10-01号の該当ページから

この写真の繊細さとかがレーオンにはないんですよ…
BT49の話題が出たついでに。

昨年の鈴鹿でのマスターズ出場車輌を紹介するどこかのサイトで、BT49(※確かCではなくBT49としての説明だったと思います)のトランスミッションのケースはアルファロメオの物を使用云々という解説がありました。

今回載っているBT49Cの説明にも”ヒューランド/アルファロメオ”となっていましたが、そうでしたっけ?

1979年の登場時だと暫定的にアルファのを流用もあるんでしょうけど、1980年、増してCになる1981年になってもアルファの部品使いますかね?

マスターズ出場車輌がたまたまそのパーツをリペア用で使っているとかかな?と素人的な疑問を持ちました。

どうなんでしょ。
しかしデパイユはともかく、ロニーとパレッティのはウイングカーとは関係ないんじゃねがく〜(落胆した顔)
ジルのもウイングカーだからというわけではないし。
ピローニは微妙っちゃ微妙だけど(ウイングカーのウォータースクリーンってのは凄かったらしいので)、でもあの状況ではどんなマシンであっても、とも思えるし。
ウイングカーでなくてもエリオや、事実上その後の(F-1での)選手生命を絶たれたチェコットやラフィー、ちょっと時代は下るけどドネリー。
時代背景という客観情勢の要因はあるにせよ、ウイングカーだからってことはないよね。

相対的にこの頃は主に政治的な理由からの対立が先鋭化してたけど、そのネタ(の一つ)としてウイングカーが利用されたというのがワタシの考えなんですけど、特に今回のまとめとかは「ウイングカーが悪い」というように読めてしまうわけですよ、読解力のないワタシには冷や汗
それはちょっと違うんじゃないかな、と冷や汗
>>[17]
>1980年、増してCになる1981年になってもアルファの部品使いますかね?

BT48まではまぁ当然ながらそれまでの流れでアルファ製ギヤ使ってたようえすが、少なくとも80年シーズンはヒューランドFG系を使用と当時のASもATもCGもレポートしてますから、これもBT48と49を混同してしまってるんでしょうね。
>>[18]

〆の文章については改めて感想を述べたいと思います。

少しは"よかった探し"をしてからかな?あせあせ
買ったばかりで、まだプロローグしか読めていない状況です。

ただ、プロローグ自体が字数制限があるなか、当時の事象を整理せず、頭に浮かんだ事象を書きなぐった風に感じました。

ウイングカー時代は、クルマのデザインとして大きく変わった事だけでなく、同時進行で色々な事が行った時代でもあります。

そして、それは今のF1に続く事象の始まりでもある訳です。

字数制限があるなら、何を中心に据えるべきか、また前回の特集号が売れたのであれば、次に繋がる構成とするのが良かったのではないかと。

最近、AS誌以外のクルマ雑誌の定期購読をしていないのですが、ライター、編集者のレベルが残念な状況になっていると感じざるを得ませんね。
>>[22]

先にあれこれネガな事ばかり突っ込んでしまったので印象が悪くなったかも知れませんが、それなりに良い記事もありました。

ただ、書き手も認めているようにロータス&チャップマン推し一色だった前回を踏まえての第二弾だっただけに期待していたほどでは…というのが現時点での個人的な印象です。

インプレお待ちしてます。
また重箱で気が重いのですが、マスターズコーナーのP.71、マクラーレンM29Cのキャプション部分。

アラン・プロストは1980年のベルギーGPからチームに加わったんですって。知らなかったなぁ。

それまで誰が8号車乗ってたんでしたっけ?

ニワカなので思い出せません。表情(青ざめ)
リジェJS11の記事で興味深かったのは、途中でアンダーウイングの材質が、アルミからファイバーグラスに変えたとの記述。

そう言えばと思って確認したら、タミヤ1/20JS11のアンダーウイングの塗装指定色は「フラットアルミ」。

シーズン初めのクルマがモデル化されてるのを、再認識した次第です。

これに関連するような話で、17頁の写真、モノコックの色が艶がありすぎる感じで違和感があり、これも確認したら塗装指定色は「フラットアルミ」。

実物を見た事が無い、情報が少ない時代だと、プラモデルでも情報収集していたんだなと思いました。
>>[25]

自分は雑誌を買い始めたのが1980年のシーズン前からなので1979年の情報は限定的なのですが、このアンダーウイング(というかサイドウイング?)の素材変更と可動式フラップの話は初見だった気がします。

皆さんでもご存知ないとすると貴重な証言ですね。

リジェJS11&11/15というとアルミというかジュラルミン系のギラギラしたモノコックやウイングのイメージが強いです。

タミヤのキットは結局買いませんでしたが、インストだけは東武のタミヤ・モデギャラで入手しました。あせあせ

1980年のAS誌のグランドスタンドコーナーのおもちゃ箱欄に作例が載っていて、フレンチブルーを再現するのに、白ではなく(補色に近い)赤を混ぜると良いと書いてあったのが記憶に残っています。

>>[26]

アンダーウイングの素材変更は、今回の記事で初めて知りました。

JS11、発表会時はエキゾーストがサイドトンネルに剥き出しだったものが、シーズン中にサイドポンツーン内に収まるように改修された、との話を聞いた事がありますが、これは書籍等では確認できていません。

もしかしたら、材質変更に合わせて改修されたのかも知れませんね。

稼働フラップも、私は初見です。記事の文書だけだと、配置場所と形状がわからないのが…

ボディ色、BTさんが仰るAS誌の記述にある通り、タミヤのフレンチブルーは明る過ぎるというか、白みが強いんですよね。

ただ、JS11の1-2フィニッシュを伝える記事が載ったAS誌の表紙の写真は、タミヤのフレンチブルーに近い色だったような記憶が。

なので、当時の私としては、タミヤのフレンチブルーはイメージに合った色でした。

タミヤJS11で気になったのは、フレンチブルーの色味ではなく、白色デカールが透ける事でした。
>>[27]

デカールの透けはモデギャラなどの完成品展示でも顕著ですね。

当時のジタンブルーはなかなか実車を見る機会がないので確認が難しいかも。


サイドポンツーンの三連アウトレットは角度を変える事で流入空気量を調整できるとAS誌に載ってました。

アルファの179とかと同様、ウイングカーの一方のトレンドでしたね。
>>[27]

与圧調整のフラップって、あの当時どうやって可動させていたのかがちょっと謎です。

コクピットからのワイヤーオペレーションなのか、サーボモーターなのか、はたまた油圧なのか?

当時の技術レベルで、尚且取材のカメラを避けつつそんなデバイスをどうやって?という疑問は残ります。

先ほど書いたポンツーン上部のラジエーター排気口の三連ダクトは角度を変える事でポンツーン内部への流入空気量を調整できる…と1980年の11/15の解説がAS誌にあるんですけど、案外これの事だったりして。
>>[29] フラップはアンダーウイングに装備の記述を信用すると、ラジエターのダクトとは別物に思えます。

「負圧を逃す」の記述が、また分かりにくいのですが、アンダーウイングの底に沿うような形状のフラップを、ある程度の強さがあるスプリングで吊っておけば、負圧の大きさによって開閉できると思われ、これで空気の流れを変えることができるかなと。

絵でもいいので、こういうのは形を示して、説明してもらいたいもんです。
リヤタイヤ直前のスパッツ(というかエア抜きというか)の事だと一人合点しておるのはワタシです冷や汗

外観からは角度調整できるようには思えないので、内側にそんな仕掛けが隠されていたんでしょうか?
にーさん仰るように、図解してほしいですね是非たらーっ(汗)

確かコパスカーF6Aがそんな装備をしていたと思われあせあせ(飛び散る汗)
ちょっと今晩は時間がないので、週末調べてみますわ >コパスカーも
>>[31]

調査報道お待ちしております。ウインク

それにしてもせっかくのリジェネタ。

ここはやはりあの御仁に見解を頂きたいところですが、叶わないのが残念です。

レーオン誌、読んでいてくだされば何よりなのですが。
>>[31]

設置のしやすさと、仕組みの簡単さを考えてアンダーウイングに沿うようなスプリング吊り下げフラップを想像しましたが、「負圧を逃す」だとやはりスパッツから抜くというのが素直かも知れません。

機構は油圧や電動式は、制御が当時のレベルだと難しいと思われ、もっとシンプルなものと想像。

加えて、当時の操縦操作を考えると、ドライバーがダウンフォース量に合わせてフラップ操作も難しいかと。

かつてのFダクトの操作でも、危険と言われてましたし。

う〜ん、図解が欲しいexclamation ×2
この「一種の弁」がよくわからないんだな。
ジョルジュ・ピオラのこのイラストが「一種の弁」なのか?どうやって作動させるのでしょうか。
ターボにおけるブローオフバルブやポップオフバルブのようなモンだったんでしょうか?
 >一種の弁

しかしこのピオラ氏のイラストでは、そんな高級な(というか一定の負圧がかかると作動するような仕組みには見えない冷や汗)システムとは思えないですし。

第一、他チームが放ってはおかないでしょう、そんな画期的な仕組みだったら。
「最高機密」とか言われてた、ウィリアムズの水冷オイルクーラーもすぐにコピーされてましたしねぇたらーっ(汗)
>>[35]
素晴らしい情報ありがとうございます。

弁はスプリング吊り下げ、もしくは2ストエンジンのリードバルブみたいに、その物のしなりで開閉していたのか?と想像しましたが、真相はいかに?

しかし、ロータス80が苦しんだポーポシンを、この時にチートとはいえ、こんな方法で回避していたとは、全く知りませんでした。
>>[35]

よく探しましたね指でOK

ところでこのイラストだと、JS11ではなく11/15に見えるんですけど、懲りずに1980年用に改良型を模索してたとかですかね?
少し鮮明な画像が見つかりました。個人的にはかなり単純な構造な様な気がします。機械的な作動では無くポンツーン下の流速が増して負圧が高まったらスリット?がはね上がるとか。どの位の速度で作動するのか等、謎が多い。
>>[39]

"1980"とある&リアブレーキがアウトボードなので、やはり11/15というか1980シーズン向けの車輌という事でしょうか。

自分も単純な構造、それこそリードバルブのような仕掛けかもしれませんね。

>>[40]  JS11の開発時に発生したピッチング対策の為に考案されたとの事なので、スライディングスカートが禁止されるまでの2年間使われたって事なんでしょうな。車検で発覚しなかったのが不思議な気がします。
遅くなりました冷や汗
コパスカーF6Aのエア抜きフラップです。
よく見ると(よく見なくても)、これでポーポシンの抑制というか、ポンツーンの負圧コントロールなんて高級なことはとてもできないですねたらーっ(汗)
風量の総数抑制すら怪しいレベルたらーっ(汗)
79年西ドイツ(当時)GPデビューのコパスカーF6A(左)
もう既にシーズン後半戦に入っていますが、この時点でのデビューにも関わらずリヤブレーキはインボード(右)。リヤサスの構造も洗練されているとはお世辞にも言えず、半年近くの時間をモディファイに掛けたわりには…という感じは否めません涙
そんで全然脈絡ありませんが、KIBOU号のウイング構造です冷や汗
>>[44]

メカ的にはそそられる部分もありますが、色々な意味で"SF"チックな一台でありましたねあせあせ
>>[45]

たてうち先生の方ですよね。

サイコガンダム…というよりグロイザーX的というか(謎)
>>[44]

色々と突込み処満載の構成となってますね。

アッパーアームのマウントが、ギアボックスから伸びたパイプフレームというのは、かなり旧態依然とした構造ですね。

支持剛性、空力的にも何でこんな構造にしちゃった?と思うのは現代の技術トレンドとくらべるからか?

ただ、こんな風に構造の詳細がわかる写真が撮れる、見ることが出来るのは現在ではあり得ないので、この頃は良かったと思えますね。
>>[45]

今、改めて見ると、この翼断面でだと上面のほうが空気の流速が速かったのでは?と思えますね。

下面も空気の流れが詰まりそうにも見えるし。

GCカーの空力で、今の技術で解析して欲しいのがNOVA53S。

由良サンがリアウイングが不用な位ダウンフォースが出ていたと語ってますが、フロントタイヤ後方からサイドにかけての造形が、今のLMPのトレンドである、タイヤ周りの空気を引き抜くという作用が起きていたのではないかと個人的に思ってます。

多分、あの造形はデザイン的要素が強いと思っていて、それがたまたまいい結果が出たと推測してます。
>>[48]

>アッパーアームのマウントが、ギアボックスから伸びたパイプフレーム
FW07あたりと比べると一目瞭然というか、もう明らかに剛性不足でジオメトリー狂いっぱなしでしょうな冷や汗

しかしいつだったかのマリオ御大のインタビューで読んだ記憶があるのですが、ロータス79の最初期はFW07と同じようにプレートタイプを採用するも、剛性強すぎてかえってバランスを崩すってことで、パイプフレーム構造にモディファイしたとか。

このあたりはやはり難しいモノがあるんでしょうね。
ビル大友氏が唱えていた「チャップマン指数」ってのが本当にあるのかも?あせあせ

>>[49]

>あの造形はデザイン的要素が強い
由良サン曰く「ブレンデッドウイングボディ」わーい(嬉しい顔)
SR71やF16という訳ですな。

>リアウイングが不用な位ダウンフォースが出ていた
最適値を出すのには苦労したみたいですな。
第三戦で漆原シェブロンでも使ったダブルリヤウイングとするも、第四戦でオリジナルに戻してチャンピオン奪取。

って書いてて思い出しましたが翌年の単座型54Sでは、最終戦以外はリヤウイングレスでしたね、ガーニーは装備していたと思いますが。

しかし驚くほど少ないですね、ネット上での53Sや54Sの画像。
このあたり三栄書房さんにはもうちょっとがんばって欲しいなぁ冷や汗
もうすぐ次の号が発売になりますね。
今度はセナ&中嶋で1990年にスポットを当てたものだとか。それはそれで。

プレゼント応募のハガキにあれこれ書いて出そうかと思っていたけど、なんだかそれも面倒臭いかな、とあせあせ


30日消印有効だそうなので、気力があれば明日の夜にでも。
プレゼント応募の件、結局ギリギリ29日の深夜に書いて30日朝投函。

リジェJS19は別に欲しくないけど、他がショボすぎるので仕方なく(?)

大体ここでブーブー言っていた事をデチューン(笑)してやんわりと。あせあせ

次があるなら、とりあえずリアルタイムで知ってるライターさんでお願いします…みたいな感じで。

次、あるのかなぁ…

ログインすると、残り14件のコメントが見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

ウイングカー時代の隠れ車庫 更新情報

ウイングカー時代の隠れ車庫のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング