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世界の先達に学ぶコミュの(3)マハトマ・ガンジー

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「競争ではない、協力こそが人間本来の生き方である」「世界に変化を望むのであれば、自らがその変化になれ」インド独立の父マハトマ・ガンジーの言葉である。

『マハトマ』とは彼の友人でもある同国の詩人タゴールが敬愛の念を込めて彼の名に冠した『偉大な魂』という意味である。

 ガンジーは1869年インド西部のポルパンダルで生まれた。19歳のとき法学を学ぶためイギリスへ留学。次いで顧問弁護士として南アフリカへ赴任、抑圧された人々と出会う。

その後大英帝国の植民地であった祖国へ帰国した彼が見たものは、産業革命で大量生産が可能となった綿織物を売りつけるためにインドの織物職人達の目をつぶし、指を切り落とすなど非道な事をして宗国の製品を売りつけている現実であった。

暴力には「暴力で対抗しようとする多くの活動家や民衆へ「暴力は真の解決にはならない『非暴力・不服従』こそ最大の行動である」ことを自ら示した。

ある時不満を爆発させた民衆は警官を襲撃し殺害する。そのとき彼は「殺人と流血による自由は要らん」と叫んで暴動の償いのため21日間断食する。

なぜ当時の人々がガンジーの言うことを聞いたのか?それは日頃からガンジー自身の言動をつぶさに見ていたからである。全く自分のことを考えていない無欲の生活。他者へ対しての献身的な行動といつも熱っぽく語る偉大なロマン、あるべき社会の姿。弱い者を守るためには権力に対して1歩も引かない闘争心。一人ひとりを大切にする姿、あふれる人間性。 

ガンジーの指導でエネルギーを得たインドの民衆はやがて熟した果物を落とすように大英帝国から独立を勝ち取る。彼は晴れの式典には参加しなかった。

その後も武器を持ったヒンズー教徒と回教徒の争いは続いたがガンジーはすでに高齢であったにもかかわらず断食で説得。感動したヒンズー教徒は武器を捨てることを誓う。

晩年ガンジーは一切の政治的な活動から身を引き郵便も満足に届かない僻地の村で再建に全力を尽くす。「人の幸福は多くを所有することにあるのではなく、満足することにある」「人の心が変わればその人の生き方が変わり周囲が変わり社会が変わる」これがガンジーの考えた社会改革であった。

「非暴力の世界を実現するのは100年〜200年の年月が必要かもしれないがきっと私の遺志を継ぐ人間が現れるだろう。そしていつの日か人類は本当の平和を手にするに違いない・・・・私はけっしてあきらめない」

1948年1月30日ガンジー凶弾に倒れる。享年78歳。

(思いやり助け合うネットワーク新聞掲載文より)

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