ビルマ敗戦行記 一兵士の回想録 荒木進
第一篇 応召より終戦まで
一、召集令状
昭和十九年月末か六月の初め、日立市は生暖かい夜だった。窓下で地虫が鳴いていた。食事を終えて茶の間で寛いでいた八時頃、あわただしく玄関で「電報です」という声がする。
ハッと胸騒ぎして、私はとっさに赤紙と悟った。正しく、六月十日麻布3聯隊に出頭せよとある。かねて覚悟のこととはいえ、足元から家全体が崩れ落ちる思いがした。
すやすやと眠っている長男とも、家内とも、帰る当のない離別となる。いつかこの日が来ると覚悟はしていても、人間は儚い幸福がいつまでも続くと思うのだ。その安穏な小さい望みが今夢となって砕けた。
十六年に教育召集、17年に臨時招集、とすでに二度赤紙受け取っている私も、今度ばかりはいよいよ最後という思いが去来した。戦況の実態が極めて危惧すべき状況にあることを、仕事を通じて知っていた。それに長男も生まれて百日足らず、まだ世慣れない若い妻、これが一生の別れになるかもしれず、束の間の仕合せも終り、かと思えば諦めがつかない。正直勇んで出征などという気持ちには到底なれなかった。
それでなくても軍隊は私の性に合わない。誰しも嫌いだったろうが、強制一点張り、精神的に砂漠の如き非人間的取扱いが、私にとって苦痛だった。肉体労働は左程心を苦しめるものではない。
然し拒むことのできない、否も応もない道である。やがて職場同僚の「歓呼の声」に送られて、命令通り、麻布六本木にある三聯隊の営門を潜った。梅雨前の六月のよく晴れた暑い日であった。
13〜14頁部分
非売品
発行 昭和五拾六年九月三十日
著者 荒木進
東京都世田谷区深沢八町目十七の七
印刷 日立印刷株式会社
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