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2024年03月10日15:45
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「PERFECT DAYS」
周囲の評判が良いので、仕事の合間に話題の『PERFECT DAYS』を観て来た。学生時代、ドイツ語の講義を担当する男性講師はドイツ人の父、日本人の母をもつハーフだった。彼はよく故国ドイツの生活について語っていたが、ある時、「ドイツ人は職業に貴賎なしという考えですが、掃除夫（婦）だけは違います。掃除夫（婦）は何の技術も必要ないのでドイツ人が職業として選ぶことはまずありません。たいてい、外国人か移民が掃除夫（婦）の仕事をしています」と教えてくれた。もう40年以上前のことだし、今のドイツではどうなのか知る由もないが、「何の技術も必要ない職業をドイツ人は選ばない」ということに、いかにもドイツらしい考え方だなと当時は納得した。映画『PERFECT DAYS』の監督がドイツ人だと知った時、真っ先に思い出したのがこのエピソードだ。公衆トイレの清掃を指導・監修した「本物のトイレ清掃人」の技術や清掃に対する姿勢にドイツ人監督は感銘を受けたと聞く。もし、監督が「トイレ掃除には何の技術も必要ない」と前述のドイツ語講師のように考えていたとすれば、清掃の手順やリズム、使いやすい清掃用具を作る創意工夫など、大いに興味を惹かれただろうことは想像に難くない。当初の企画だった「公衆トイレ（THE TOKYO TOILET）プロモーション映像」ではなく、清掃人の生活を描く劇場映画制作を監督が志向したのも納得である。主役は役所広司。私の好きな俳優のひとりだ。いったい、どんな映画になっているのか、楽しみにして劇場に向かった。
評判通り、実に興味深い内容の映画だった。寡黙な公衆トイレ清掃人・平山（役所広司）の日々の生活をカメラは丹念に追って行く。近所のおばさんがほうきで掃除する音で目覚め、歯を磨き、口ひげを整え、鉢植えに霧吹きで水をやり、仕事に向かう前にはアパートの前の自販機で毎日同じ缶コーヒーを買う。好きな洋楽をカセットテープで流しながら青い軽ワゴンで担当する渋谷区の公衆トイレを巡回し、黙々と、それでいて手際よく熱心に清掃。サンドイッチと牛乳の昼食を公園のベンチでとりながら、梢の木漏れ日を古ぼけたコンパクトなフィルムカメラで撮影。帰宅してからは自転車で銭湯に向かい、汗を流す。浅草駅の地下にある馴染みの店で酒と食事をとり、週に一度は気になるママ（石川さゆり）のいるスナックに通う。夜は、古本屋で買った文庫本を枕もとのスタンドの灯りで、眠くなるまで読む。・・・判で押したように変わらない日々を追いつつも、彼がこれまでどんな人生を送り、いかにして「公衆トイレ清掃人」となったのか、映画は一切描かない。一切描かれない「平山という男」の過去を、観る人が自由に想像して、余白を埋める。そんな楽しみ方が求められる映画なのだろう。
この先、若干ネタバレをしますので、ご注意ください。
平山がなぜ、あそこまで寡黙なのか。家財らしきものが全くない、古ぼけたアパートに住み、公衆トイレ清掃のプロとして慎ましい生活を日々淡々と過ごすことに満足しているのは、なぜなのか。
私の想像では、こうだ。
�（浸海亮族箸�裕福なのは、妹が運転手付きの車でアパートを訪ねて来ることからわかる。妹が、家出した娘を預かってくれたお礼に「兄さん、これ好きだったわよね」と差し出した紙袋はおそらく、鎌倉紅屋の「クルミッ子」ではないか。兄妹は裕福な家庭で何不自由ない、豊かな子ども時代を過ごしていたに違いない。平山の趣味が洋楽であるのも、生活水準の高さを裏付けている。演歌じゃダメなのだ。
�∧浸海詫喫，焚板蹐飽蕕繊△い困譟�父親の会社を継いで将来を嘱望されていただろう。実際に重役として会社を切り盛りしていた時期があるかも知れない。しかし、彼はある時、不幸な事件を起こして犯罪者となり、長い歳月を刑務所で過ごしたのだ。彼の所有するカセットテープやコンパクトカメラは刑務所に入る前のもので、刑務所から出た時にはすでに過去の遺物となっていた。世の中が変わっても、大切な道具は変わらない。さらには、彼の慎ましい生活習慣も長い刑務所暮らしの延長と考えれば、すっと腑に落ちる。
�Ｈ爐�公衆トイレ清掃人になったのは「他の職業を選ぶ自由がなかった」からだ。寡黙なのは、他人とのコミュニケーションを遮断し、自分の過去を語らずに済むための手段として極めて有効だ。同僚のタカシが突然退職して彼の担当まで平山が巡回しなくなった時、平山の生活リズムは著しく狂わされた。その時、平山は事務所の担当に声を荒げて文句を言っている。寡黙で、日々慎ましく生活する普段の平山らしからぬ態度だ。ここで、彼本来の性質が決して「控えめなおとなしい人間」ではないことがわかる。
�な浸海�神社の境内の樹木の若芽を、神職の許可を得て持ち帰り、育てているのは「命を大切に思う」からだ。彼が刑務所で長い歳月を過ごしたのは、おそらく、人を殺めたからだろう。命を奪った過去のある平山が小さな命を一心に繋ぎ、「人が嫌がる公衆トイレ清掃」に真摯に向き合う。こう解釈すると、劇中の平山の言動が実に自然に映る。
�ゥ薀好肇掘璽鵝�朝日の中を現場に向かう平山の車中で流れるのは、ニーナ・シモンの「Feeling Good」。その曲をバックに、平山は泣き笑いする。ここがちょっと引っ掛かった。直前が「週に一度通うスナックのママ（石川さゆり）と別れた元の亭主（三浦友和）のエピソード」だからだ。漫然と観ていると、前夫は余命短く、ママとよりを戻すことがないことを平山が喜んでいるのかと錯覚してしまいそうである。しかし、ラストシーンの平山の泣き笑いは違う。犯罪者として半生を刑務所で過ごした自分が、今日も生かされ、仕事ができる。それを心から喜ぶ泣き笑いなのだ、と私は解釈した。もし、ラストシーンで平山が泣き笑いしていなかったら、私は別の「平山の過去」を想像した。それだけ、平山の泣き笑いは唐突で「過去の暗い影」を思わせる異質なものに感じた。
映画としては、やはり、「外国人が見た日本の姿」だなとつくづく思う。音楽も映像も実にお洒落だ。お洒落過ぎて、正直、私の好みにはちょっと合わない。それでいて、先鋭的なデザインと高機能の公衆トイレの描写、主人公・役所広司の静かな好演が極めて印象的だった。ひとつ残念なのは、映画『素晴らしき世界』で役所が演じたキャラにどうしても引っ張られてしまうということだろう。これは如何ともし難い。
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