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2021年07月01日14:15

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『 Mr.ノーボディ 』

滞していた仕事を一気に挽回したばかりか、予定より一日先行できたので、久々に映画を観て来た。ずっと気になっていた『 Mr.ノーボディ 』である。予告編を観たこともなかったのだが、同じタイトルの西部劇があり、私はその作品が大好きだったからだ。結果として同名の西部劇とは無関係だったものの、アクション映画としてなかなか面白かった。

 ハッチ・マンセル(ボブ・オデンカーク)は毎日判で押したような味気ない日常を繰り返すだけの「 地味でさえない、平均以下の市民 」だった。思春期の長男からは馬鹿にされ、妻ベッカ(コニー・ニールセン)はダブルベッドの真ん中にクッションの仕切りを立ててハッチとの「 夫婦生活 」を拒否。彼は妻と抱擁やキスさえできない、冷めきった関係にあった。唯一、彼を愛してくれるのは幼い娘サミーだけというハッチの家に真夜中、若い男女の覆面強盗が侵入する。いち早く異変に気づいたハッチはゴルフクラブを手に、密かに警察に通報するため電話の受話器をとったが、女強盗に発見され、拳銃を突きつけられる。その時、長男ブレイクがもう一人の強盗に飛び掛かり、格闘をはじめた。ハッチに拳銃をつきつけていた女強盗はあわてて二人を制止しようとハッチに背を向ける。絶好の反撃チャンスが到来した。ゴルフクラブを振り上げ、猛然と向かって行くハッチだったが寸でのところで、思いとどまり、息子ブレイクに声をかけた。「 もう離せ、彼らを行かせてやれ 」 ブレイクが強盗から手を引くと、強盗は腹いせにブレイクを思いっきり殴り、昏倒させると、外へ逃げ出した。パトカーが到着して警察官に事情聴取を受けるハッチとブレイク。「 絶対に捕まえられたのに、意気地なし!」とハッチをなじるブレイク。警察官はハッチに「 ゴルフクラブは使ったのですか?」と尋ねるが、使わなかったと答えるハッチに「 それが正解です。私が家族を守るのだったら使ってましたがね 」と彼をなぐさめるのだった。お隣さんからは、「 うちに強盗が入れば良かったんだ。そうしたら、俺がたたきのめしてやったのに 」と勝ち誇ったようなシャドウボクシングを見せつけられる。それでも黙って耐え忍ぶハッチだったが、幼い娘サミーが大切にしている子猫のブレスレットが無くなっていることで怒りに火がついてしまう。あの強盗達が盗んだのだ、娘のために子猫のブレスレットを取り戻さなければならない。そう決意したハッチは老人ホームにいる老父デヴィッド(クリストファー・ロイド)の部屋に忍び込む。そして、FBI捜査官だった父親のID(身分証明書)と拳銃を持ち出すと、女強盗が手首に掘っていた入れ墨を手掛かりに、夜の街に出かけて行くのだったが・・・。

 この先、ネタバレを含むので、ご注意。予告編は肝心なところを見せ過ぎるほど見せ、予告編というよりダイジェストになってしまっているため、先入観無しに本編鑑賞をされたい場合、観ない方が賢明である。



 妻からは愛想をつかされ、職場では全く目立たず、長男からは馬鹿にされている男が、実はとんでもない過去をもつエキスパートだったという展開に目新しさはない。むしろ、よくある設定だろう。それでも、この映画には突出して良い点がふたつある。ひとつは、男の過去をはっきりと描かないことだ。「 三文字の組織(まず、CIAで間違いない)で会計士(予告編では監査役)と呼ばれる存在 」とし、法執行機関含むあらゆる組織が逮捕不能な対象を「 逮捕しないで済むようにしている(要するに、非合法に抹殺している)」とだけ明かしている。おそらく、軍では特殊部隊に所属し、CIAでは命令された目標を確実に完全に抹殺する専門家として「 各機関から恐れられた存在 」「 公式には死んでいる、誰でもない(ノーボディ)存在 」という情報以外、ハッチの前歴は語られない。唯一、彼が辞職して一般人として生きていく原因になったエピソードだけが例外的に描写されている。つまり、ハッチの正体を影のようにおぼろげに伝えるのみで、観客に彼の凄さを想像する余地を残したままにしているのが巧い。

 もうひとつは、シリアスに終始せず、コミカルな描写を前面に押し出していることだ。映画冒頭、ハッチの日々が同じことの繰り返しでいかに単調かというリズミカルな描き方で、観客はこの物語がコメディであることを理解する。過去を隠し、地味な一般人として生きて来た殺しのプロが、長い忍従の生活で溜め込んだ鬱憤をひょんなことから一気に開放。彼の戦い方は泥臭く、容赦がないので、シリアスに描写すれば凄惨になることを免れないが、ハッチのほっとする言動に救われる。襲撃してきた殺し屋たちを撃退するだけでなく、血みどろで瀕死の彼らをソファに並べて「 今日はよく来てくれた 」と語り掛けるシーンなどは笑ってしまう。主人公が凄腕なのにシリアスな展開を抑えて、コミカルな描写を少しだけ加味している。要するに、デンゼル・ワシントン主演『 イコライザー 』をソフトにしたような味わいである。好みからすれば、シリアスに終始してほしかったのだが、こういうライトなアクション映画があっても良い(個人の感想です)。

 いくつかのシーンが印象に残ったのだが、面白かったのは、ハッチが何軒目かの入れ墨屋でFBI捜査官のIDを提示して、情報を求めたシーンだ。一癖も二癖もありそうな猛者ばかりの客のひとりが「 その手は通じないぜ 」とハッチが偽捜査官だと見破ってしまう。「 そのIDカードのデザインは昔のものだ。20年は経っているだろう 」と凄まれ、ハッチは「 それじゃ、これでどうだ?」と現金で情報を買う提案をする。しかし、男たちは現金で情報を売るようなヤワではなく、ハッチにじりじりと迫って来る。一触即発の危機をものともせず、悠然と男たちと対峙するハッチの左手首内側に小さな入れ墨があることに気づいたもと軍人の店主は青ざめ、ハッチに詫びると自室に戻って、内側から鍵をかけ、さらにドアが開けられないようにドアの向こうでバリケードを築き始めた。店主の尋常ではない怯え方とものものしい音に、残った男たちも戦意を喪失してしまう。この時点ではハッチの正体は全く不明だったので、このシーンは興味深かった。もっとも、その入れ墨の意味は最後まで描かれないのは少々残念。

 もうひとつは、敵のボスがハッチの情報収集を命じたハッカーのシークエンスである。ハッチの情報がネット上に一切存在しないため、変態コスプレ趣味のペンタゴン職員に「 ハッチ・マンセルの情報を送らないと秘密を暴露する 」と画像付きの脅迫メールを送信。あわてた職員はさっそくPCでハッチの名前を検索するが、アクセス拒否と表示され、一切の情報が秘匿されていることを知る。彼は厳重に管理されている地下深くの資料保管庫に忍び込むと、ハッチに関する資料箱を見つけ出すが、ほぼ全ての書類は黒く塗られており、極秘事項の山であった。職員が送信した膨大な資料を受け取ったハッカーは顔色を失い、自分が検索したハッチ・マンセルという男が「 決して関わってはいけない危険な存在 」であることを悟る。ハッカーはボスから受け取った大金を投げ返すと、この仕事から降りると逃げ出してしまう。ハッカーのPCモニターに映し出された画像のほとんどはモザイクがかけられていたが、何者かに殺害された尋常ならざる数の死体の山であることは明白であったからだ。ここでもハッチの詳細な仕事内容をはっきり描写しないのがニクい。

 本当の自分の姿を隠したままでは夫婦仲がうまく行かないのに、正体を明かしてからは別人のように生き生きとして、家庭生活も順調になるというオチに、ブラッド・ピッド、アンジェリーナ・ジョリーの痛快アクションコメディ『 Mr.&Mrs.スミス 』を思い出さざるをえない。すでに、続編制作の話もあるそうだが、ジェイソン・ボーンシリーズのような成功を収めるのはちょっと難しいのではないかと思う。
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