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2021年03月24日08:01

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恋の秘密は歌が教えてくれた

昔、田舎の子たちにとってテレビは東京のことを教えてくれる、たった一つのツールだった。
それまではラジオから流れてくる歌謡曲だけが東京を教えてくれた。

♫潜りたくなりゃ マンホール (マンホールって何だろう?)
♫誰を待つやら 銀座の街角 (銀座ってどんな所だろう?)
♫一杯のコーヒーから 恋の花咲くこともある (コーヒーってどんな飲み物なんだろう?)

やがてテレビがいくつかの疑問に答えてくれるようになった。
コーヒーもインスタントコーヒーがどの家庭でも飲まれるようになって、それなりに理解できるようになった。

その頃だったろうか。
アラブとか、アロマやモカ・マタリなどのエキゾチックで耳慣れない単語がいくつも出てくる西田佐知子の「コーヒー・ルンバ」がヒットしたのは。

軽快なリズムと「恋を忘れた哀れな男」というフレーズがとても気に入ってた私は同時に「痺れるような香りいっぱいの、琥珀色した飲み物」というインスタントではない本物のコーヒーというものを飲んでみたくて仕方がなくなった。
けれど喫茶店もない田舎では叶わぬ夢だった。

数年後ピンキーとキラーズの「恋の季節」がヒットした時だ。

夜明けのコーヒー
2人で飲もうと…♫

喫茶店のある市内に通う高校生になっていた私は、その歌詞にまたもや「本物のコーヒーを飲んでみたい!と言う好奇心を掻き立てられた。
そしてある日、私はついにこっそり校則違反を犯して喫茶店に入り、念願のコーヒーを飲んでみたのだった。

処が苦い!
お砂糖を足してもまだ苦い。
さらに足してもまだ苦く、結局カップの底にどろりとした溶けきれなかった砂糖の層ができていたが、それでもコーヒーは私には苦いままだった。
大人はこれがどうして美味しいの?
私にはそれがさっぱりわからなかった。

ある日「恋の季節」の歌が学校で話題になった時だった。
上級生の男の子がニヤリと笑って私に言った。

夜明けのコーヒー 2人で飲もうと あの人が言った〜♬

「そこ、結構イヤらしい意味なんだよ。知ってた?」と。
「え?」と思いながらも背のびしたい年頃だった私はすまして「知ってる」と言っていた。

だって私、本物のコーヒーを飲んだんだもの。
みんなはインスタントしか知らないでしょ?
ふふん。

知ったかぶりと馬鹿げた優越感と、喫茶店に入ったと言うちょっとした勇気に私は「そんなことくらい知ってるわよ」と虚勢を張りたかったのだろう。

上級生が言ったその意味がわかったのは、作詞家の岩谷時子が越路吹雪とパリに行ったときの事を書いたエッセイでだった。
越路吹雪がフランス人に「夜明けのコーヒーを一緒に飲もう」と口説かれたのだとか。
「もう越路さんはその意味も知らずに無邪気に「はい」って応えちゃって…」
岩谷時子は慌てて越路吹雪をその場から連れ出したと言う。

そうだったのか!
フランス人にとって「恋の季節」で使われたそのフレーズは、口説き文句の常套句だったのか!と、私は高校生の時の自分の「知ってる」と言った一言を何十年も経ってやっと恥じた。

恥じたのは意味を知ってると応えたことになのか、知ったかぶりをしたことになのか、もうわからないが、私にそう言った上級生は数年前に亡くなったと聞いた。

今にして思えば「コーヒー・ルンバ」もかなり意味深な歌だったわけだが、「恋の季節」同様、コーヒーという大人の飲み物の苦さと同時に、青春の儚さとほろ苦さをも教えてくれた歌になった。

私は今、毎日ドリップコーヒーを欠かさないが、お砂糖は多めだ。
青春時代のほろ苦い思い出が、それで少しばかり甘く中和できるかのように。

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