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2021年03月30日01:39

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音楽マフィア

 こんな日などわざわざ設ける必要はないだろうにと思うのですが、今日はマフィアの日です。1282年の今日、「シチリアの晩鐘事件」が起こり、一説にはこれがマフィアの名前の由来となったと云われているのです。
 「シチリアの晩鐘事件」というのは、当時、フランス国王の叔父であるシャルル・ダンジューの苛酷な支配下にあったシチリア島で起こった事件です。1282年の今日は、復活祭の翌日の月曜日であったこともあって、晩祷のために教会の前に市民が集まっていたところ、フランス兵の一団がやってきて、その土地の女性に手を出そうとしたため、その女性の夫がいきなりその兵士を刺したのです。これを契機に、その場に居合わせた他の市民の日ごろの不満も爆発し、彼らはフランス兵に襲いかかり兵士の一団を全員殺してしまいました。そのとき晩祷を告げる晩鐘が鳴ったことから、この事件は「シチリアの晩鐘事件」と呼ばれることになったそうです。
 この叛乱はシチリア全島に拡大し、フランス人は見つかり次第に殺され、その数は4000人以上に及んだといいます。この叛乱の合言葉「Morte alla Francia Italia anela(全てのフランス人に死を、これはイタリアの叫び)」の各単語の頭文字を並べると「マフィア(mafia)」となることから、これがマフィアの名前の由来であると云われているわけです。
 ですが、上記の合言葉はイタリア語としては極めて不自然なものであるらしく、事件そのものはあったものの、今日では、この説は後世の創作であろうと見られています(かといって、これに代わるほどの有力な説もないらしく、マフィアの語源が論じられるときは、この説が紹介されることが多いのですが)。

 それはともかく、このマフィアという言葉、実はこれまで度々私の日記には出てきました。クラシック関係の日記を書いたときには、石井宏さんの『帝王から音楽マフィアまで』という本から引用したことが少なくなかったからです(例えば、https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1926056826&owner_id=22841595
 では、石井さんは、誰のことを音楽マフィアと呼んでいるのでしょうか。
 結論からいえば、これはアメリカ人のロナルド・ウィルフォードというコロンビア・アーティスツ・マネージメントの社長のことです。ハリーポッターの話ではありませんが、この人は、今日のクラシック音楽興行の「闇の帝王」ともいうべき存在で、世界のクラシック音楽興行の人事権を事実上握っていると見られています。
 その手始めは、世界の著名な指揮者を片っ端から自社の傘下に収めたことでした(『帝王から音楽マフィアまで』がハードカバーで出版された1990年の時点で109人もの著名指揮者を自社の傘下に収めています)。
 良い指揮者を持つことがオーケストラの発展する重要な要素であることは論を俟ちません。ですから、超一流の指揮者を抱えたウィルフォードはそれだけで世界のオーケストラに対して優位に立てます。オーケストラとしては、メジャーであればあるほど、ウィルフォードと良好な関係を保っておかないと、いい指揮者を回してもらえませんから、たとえ契約料が高くついてもウィルフォードの手配する指揮者と契約せざるを得ませんし、いったん契約した指揮者をウィルフォードの意向に反して解雇することも事実上できなくなります。
 しかも、指揮者は通常、芸術監督も兼任します。ということはプログラムや出演者の決定権は指揮者に握られることになるわけですが、ウィルフォード傘下の指揮者たちは当然のようにウィルフォードが抱える演奏家が活躍できるプログラムを決定し、ウィルフォードが抱える演奏家を出演させます。ますますウィルフォードの権力が強くなるわけです。
 レコード会社も興収を上げようとするなら、有名な指揮者と契約せざるを得ませんから、ウィルフォードの言うなりの高いギャラを払って契約することになります。
 レコード会社だけではありません。今日では、指揮者や演奏家のテレビ動画(ドキュメンタリー)はかなり普及してますが、あれもウィルフォードが自分の傘下にあるマエストロたちを被写体として始めたものです。これらの出演料なしの動画をテレビ局に持ち込んだり、一般に売り出したりして(大芸術家の素顔を見るドキュメンタリータッチの芸術番組として高く売れる)、大儲けしているわけです。放送されれば、さらに宣伝効果は絶大なものとなり、ウィルフォードは笑いが止まらなかったことでしょう。
 さらに、1980年代から世界のメジャー・オーケストラが頻繁に海外に演奏旅行するようになり、日本にも1年間に50団体も来るようになりましたが、これもウィルフォードが仕掛けたものでした。海外ツアーをマネージすれば儲かるからです。とくにオペラともなると大所帯の一団が動くことになる分、おカネもかかり、マネージメント会社の収益も増え、おまけに宣伝効果も抜群です。いいカモにされたのが、バブル期のカネ余り日本でした。
 もっとも、ウィルフォード本人は非常に用心深く賢い人で、決して儲けを独り占めせず、傘下の指揮者や演奏家に富と栄達の機会を与えたので、著名な指揮者や演奏家はますます進んでウィルフォードの傘下に入るようになったといいます。ウィルフォードは、ピーター・ゲルブという右腕を得てからは、専らゲルブを自身のダミイとして前面に出し、自身は人前に姿を晒さなくなりました。顔写真を他人に撮らせず、インタビューにも応じないので、その私生活は全く闇の中でしたが、どうやら2015年に亡くなったようです※。
 でも、ゲルブは今も存命だし、コロンビア・アーティスツ・マネージメントがこんなに儲かるからくりをむざむざ手離すとも考えられないので、今も、クラシックの興行においては、こうしたアコギな商法が罷り通っているものと思われます。
 有名な割には、それほど裕福でなかった指揮者や演奏家が潤うようになったのだからいいではないかと思う人もいるかもしれません。でも、以前はいい音楽を安い値段でできるだけ多くの人に楽しんでいただこうという良心的な人々によって興行されていたことも多かったクラシック音楽の興行が、音楽内容如何に関わらず、できるだけ多くのカネを稼ごうという人たち(ちなみにウィルフォード自身も「クラシック音楽は分からない」と言っていたそうです)によって行われるようになったことは確かでしょう。もっとも、そこで実際に行われる演奏が直ちに一概に良くないものと決めつけることもできないのですが。


※参考:https://en.wikipedia.org/wiki/Ronald_A._Wilford
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