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2020年12月04日01:34

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『オフィシャル・シークレット』に見る英国の校正事情

 校正のお仕事は、平たく言えば、まぁ間違い探し、あら捜しみたいなもんですから、あまり熱心に日夜このお仕事に勤しむのも考えものだな、などともっともらしい大義名分を拵えて、先週の日曜日には、久しぶりに映画を観てきました(「日曜日に」というところが重要です。ちゃんと休みの日に行ったのです。サボったわけではありませんよ)。
 観た作品は『オフィシャル・シークレット』。イラク戦争の開戦直前に英国で実際に起きた事件を映画化した実録サスペンスです。

 英国の諜報機関である政府通信本部(GCHQ)で働く(ということは公務員として守秘義務がある)キャサリン・ガン(演:キーラ・ナイトレイ)が、米国の諜報機関・国家安全保障局からのメールの内容を知り、イラクへの攻撃を推し進めることを目的にした違法な盗聴の要請が記されていたことに憤って告発を決意し、その情報をリークするところから事件は始まります。
 情報は、英国の有力な新聞社オブザーバー紙がつかみ、同社は慎重な検討を重ねた結果、とうとうメールの公表に踏み切りました。ところが、ここで思いがけないケチが付けられました。メールが捏造されたものではないかと非難され、その理由として、米国の諜報機関から発信されたメールであるにもかかわらず、使われていた英語が米国のものではなく英国のものであることが指摘されたのです。
 そんなバカな、と思いながら、オブザーバー社内部で調べてみると、入手していたメールの原文は確かにアメリカ英語で書かれているのに、記事を載せた朝刊では、イギリス英語になっていることが分かり(favorがfavourになっていた)、一体全体どうしてこんなことが起こったのか?と社員が首をひねる事態となったのです。
 でも、問題はすぐに解決しました。校正担当の女性社員が申し訳なさそうに「私が訂正しました」と名のり出たのです。彼女に言わせれば、いつもどおりの(英国で)正しい英語に直す作業を行ったということだったようです(そんな言い訳めいたことを言ってました)。
 私に言わせれば、せっかく日々の校正の仕事から解放されて映画を観に来たというのに、ここでまた思いがけず仕事に戻されたという感じのシーンでした。
 もっとも、英国での校正事情を知るには、なかなか興味深いシーンであったことも確かです。というのは、少なくとも私の職場ではまず考えられないことだったからです。
 メールの文章は、その記事では、引用文に当たるものと考えられますが、私の職場では、引用(普通、「 」などで引用したことが示される)には、通常、校正担当者は朱入れはしません。その言葉なり文章なりを引用した記事本文の筆者は、それなりに考えがあって、わざわざそれらを引用しているわけですから、それを校正担当者のような第三者が勝手に訂正すると、ほとんどの場合、筆者の意図が曲げられてしまうおそれがあるからです。
 例えば、最近しばしばやらせ問題が指摘される通販のカスタマーレビューの文章は、外国人留学生(就学生)が小遣い稼ぎ目的で引き受けて書いていることが多いので、日本語としては変なことが多いです。でも、だからといって、それが引用されていた場合に正しい日本語に訂正したら、おそらく引用した意味が失われるおそれがあるであろうことは容易に想像できます。
 なので、余程疑問を感じても付箋を貼って疑問の内容を示すに留めます。そうすれば、記事になって市販されるまでには、筆者から何らかの解決が示されます。
 おそらく、こうした対応は私の職場だけでなく、大抵の校正の現場では行われていることではないかと思います。ところが、映画を観るかぎり、オブザーバー社では、どうもこういう対応はしていなかったのではないかと思われます。
 あるいは、“ ”があれば、私の職場と同様の対応をしたのかもしれませんが、その記事には“ ”がなかったということなのかもしれません。でも、だとしたら、悪いのは校正担当者ではなく、そのような書き方をした筆者である記者の方だということになるはずですが、映画の中では、校正担当者の女性だけが怒鳴られてました。
 まぁ、いずれにしても、校正を仕事にしている者からみれば、ちょっともやもやしたものが残る場面でした。
 それはさておき、イラク戦争直前の時の英国といえば、米国と共に戦争を主導した国でしたが、この映画を観ると、英国の国内では、戦争に反対する人々の方がむしろ多かったことがよく分かります。しかもガンさんのように自分が罪に問われるおそれがあることを覚悟してまで、良心に燃え、自分が正しいと信じるところを伝えようとした人がいたことはこの映画を観て初めて知りました。
 翻って、当時、日本のマスコミが伝えていたことを考えると情けなくなります。カネは出すが血は流さない、と日本が国際社会から非難されているといった話ばかり。どうして、戦争は結局は人殺しに他ならないことは伝えないのでしょう? ま、米国に忖度しているのでしょう。
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