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2018年05月26日11:45

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原稿零枚日記[読書日記676]

題名:原稿零枚日記
著者:小川 洋子(おがわ・ようこ)
出版:集英社
価格:1,300円+税(2010年8月 第1刷発行)
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小川洋子さんの小説を読みました。
実はタイトルからエッセイと勘違いして読み始めたのですが、内容は日記風の小説でした。
普通ならがっかりして読むのを止めるところですが、続きを読みたくなるところがプロの腕前なのでしょう。

目次の最初を紹介しましょう。
 九月のある日(金)長編小説の取材のため宇宙線研究所を見学し、F温泉に泊まる。
    次の日(土)朝刊で阪神の負けを知る。4対6。
 十月のある日(火)子供時代に住んでいた家の思い出について、週刊誌の取材を受ける。
    次の日(水)夕暮れ時、晩ご飯の支度をしながらローカルニュースを見る。
 (続く)
こんな目次で全部で26のストーリーが語られます。

描写が面白かったところを引用します。
【十月のある日(日)隣町のL小学校へ運動会の見学に行く】から、ラジオ体操の描写。
“体操と謳いながらさほどの鍛錬になるとも思えない、肉体の変形の組み合わせを考案したのは一体誰なのだろう。
 腰をくねくね回転させたり、股を開いたり、わきの下をさらしたり。日常生活では必要とされない動きばかりだ。
 それでいて隠された肉体の美を表現しようなどという追求がなされているとはとても思えず、むしろ人間がどこまで奇妙な形になれるか、実験しているようでさえある”(39p)

もう一つ、「なるほど」と作者の意見に同意したところ。
【七月のある日(日)飛行機と新幹線を乗り継ぎ、Tという名の遠い町へ行く】から「男の子は迷子になりやすい」という説。
“やはり男性陣が去り、女性だけになったことでまとまりが出てきたようだった。昔から迷子になりやすいのは男の子だと決まっている。
 デパートでも海水浴場でも遠足でも、後先のことを考えずついふらふらとルートを外れ、大人たちの死角に紛れ込んでしまうのは大抵男の子だ”(203p)

虚実皮膜という点から面白かったのは【一月のある日(火)公民館の事務室から電話があり、『あらすじ教室』の講師を頼まれる】でした。
これは、あらすじをまとめることに長けた女性の話で、小川さん自身がモデルではないかと思っています。
2ヶ所引用します。
1)
“ほどなく私のあらすじは編集者の間で秘かな話題となった。正確で過不足なく、厳密な客観性を保ちながら同時に愛情を感じさせる。
 二百字への凝縮と二百字からの拡散という二方向のベクトルが共存し、読み手の思惑に従って自在な運動を示す。文章は各々の作品の文体に影響されず、あくまで簡潔。
 一読で作品の全体を呼び覚ます。かと言って作品を差し置き、前面に出てきて目立つような真似はせず、表紙の片側にホッチキスで留められるあらすじとしての分をわきまえている”(84p)
2)
“多くの新人賞であらすじ係を務めてきた。本当は小説を書いて新人賞を獲って自分の本を出すことを夢見ていたはずなのに、気がつくといつしか、他人の小説を読んで、他人がデビューする手伝いだかりをしていた。
 もちろん合間に自分でも小説を書いてはいたが、なかなかあらすじのようには上手くいかなかった”(85p)

このあと、話がどのように展開するかは本書86pをご覧ください。

不思議な味わいの小説でした。

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小川 洋子(おがわ・ようこ)
1962年岡山県に生まれ。
早稲田大学第一文学部卒。88年「揚羽蝶が壊れる時」で海燕新人文学賞を受賞し、デビュー。91年「妊娠カレンダー」で芥川賞を受賞。
2003年『博士の愛した数式』がベストセラーとなり、読売文学賞、本屋大賞受賞。同年『ブラフマンの埋葬』で泉鏡花文学賞、06年『ミーナの行進』で谷崎潤一郎賞を受賞。
著書多数。三島由紀夫賞、太宰治賞等の選考委員を務める。

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