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2018年03月04日02:51

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八大龍王伝説【523 第二の宣言(前)】


 八大龍王伝説


【523 第二の宣言(前)】


〔本編〕
 龍王暦一〇六一年三月一日。ソルトルムンク聖皇国の暦で言うと、聖皇暦五年にあたる三月一日。
 ソルトルムンク聖皇国の初代聖皇であられるジュルリフォン聖皇は、二日前の二月二七日の宣言に続き、第二の宣言をヴェルト大陸全域に向けて発せられた。
 前回の宣言は、ミケルクスド國の王であるラムシェル王の演説と、それに伴うグラフ将軍等の発言の全面否定であった。
 つまり、自分がジュルリフォン聖王子の偽者ということを真っ向から否定した宣言であった。

 しかしながら、その宣言の効果は思ったより無かった。
 本来であれば、バルナート帝國の時のンド大臣国葬の際の、三種の神器偽物宣言のように水かけ論となるのが当然のように思われたが、聖王国時代から絶大な人気を誇っていたグラフ将軍が、ソルトルムンク聖皇国の現聖皇がステイリーフォン聖王子の双子の兄に当たるジュルリフォンの偽者であると断じたのは、さすがに大陸全土に大きな衝撃を走らせたようであった。
 他の國の者の論調――それが、バルナート帝國の帝王や、当代きって優れた王であるミケルクスド國のラムシェル王であっても、聖皇国の国民が国家に寄せる信頼はそれほど揺らぐものでは無かった。
 しかし、自国で最も人気があり、かつ信頼できるグラフ将軍――、自分が逆臣という汚名を着せられても、自害することはあっても、絶対に主君である聖皇に弓を引かないと国民誰もが信じている忠義の人――、そのグラフ将軍が聖皇に弓を引いたのである。
 それも演説の内容によれば、聖皇は即ちジュルリフォンではなく偽物であるということ。
 グラフ将軍が聖皇に弓を引く理由は、これ以外には考えられないため、聖皇国の兵や民は、雪崩を打ってラムシェル王の掲げる八カ国連合へ寝返ったのである。

 そしてその反応を受けての聖皇の第二の宣言。
 つまり三月一日の宣言になるが、それは二日前のラムシェル王の演説内容の全否定の宣言と、少し毛並みが違った宣言であった。
 いわゆる、前日の二十八日にダードムスと打ち合わせた内容のものであるが、宰相(さいしょう)と同地位である丞相(じょうしょう)という便宜的な地位を設け、そこに大臣の筆頭であるヒルガムダスを即日就任させるというものであった。
 そして、新体制の成立、並びにヒルガムダスの就任という吉事に合わせる形の、聖皇の恩赦的な意味合いとして、聖皇国から寝返った者は例外なく、帰属に関してその罪を一切問わず、また帰属後あるいは、帰属前を問わず、聖皇国に有益な行為や手柄に関しては、充分な褒章と地位で報いるといった内容であった。

 これは、既にラムシェル王の宣言後、聖皇国から寝返った者達にとって、その心情を大きく揺さぶる宣言となったのである。
 そもそも、ソルトルムンク聖王国とその歴代聖王に絶対的な忠誠心を持っているグラフ将軍のような人物や、そのグラフ将軍に絶対的な忠誠心を有している人物であるならば、今回の三月一日のジュルリフォン聖皇の宣言は、前の二月二七日の宣言と同様にあまり効果はない。
 しかしながら、基本、全ての人がそれほど国家やその王への忠誠心を持っているわけではない。
 むろん、忠誠心が“ある”か“ない”かと、問われれば、ほぼ全ての国民が“ある”と答えるだろうが、その程度差はまちまちであり、むしろ逆臣の汚名を着せられても、その王や国家に弓を引かないといったグラフ将軍のような絶対的な忠誠心を持っている者の方が、少ないと言って過言でない。
 そして、そのような特別な将軍である故、国民からも英雄として人気がある。
 それは、人にとっては、自分には到底真似出来ない理想の具現者なのであるから……。

 いずれにせよ、グラフ将軍の聖皇国からの寝返りは、他者が聖皇国から寝返る大きな要因であるのは確かであるが、それに匹敵する程の逆方向の大きな要因が別にあるのも事実であった。
 誰もが容易に想像できる要因であるが、グラフ将軍の人気とほぼ逆ベクトルぐらいあろうかと思われる程の聖皇国宰相ザッドの不人気ぶりがそれであった。
 ただ人気がないだけでは、それほどではなく、誰もが関わりを持たなければいいだけの話であるが、その不人気なザッドが、聖皇国の聖皇に次ぐナンバーツーの地位にあり、実質的には聖皇を凌ぐ権力を聖皇国内で有しているのである。
 さらにその権力者が、自分の地位に固守する姿勢から、グラフ将軍といった聖皇国内で人気のある人物すら貶め、挙句はその命すら奪おうとした有様であった。

 このような状況下での、グラフ将軍の聖皇国からの離反が、聖皇が実は前聖王の直系の孫にあたるジュルリフォン聖王子の偽者であると確信した上であるというものは、聖皇国存亡にまで事態を急変させたのである。
 二月一八日のラムシェル王の演説並びにグラフ将軍の証言は、名実共に偽皇国と呼ばれるソルトルムンク聖皇国からの国民の多くに離脱を促す十分な要素となってしまったのである。

 しかし冷静に物事を考察した場合、やはり聖皇国から離脱するに当たっていくつかの不安要素がないわけではなかった。
 一つが『名実』の『名』にあたる部分。
 つまり大義名分に当たる部分であるが、確かに絶対に裏切らないはずのグラフ将軍が聖皇国を裏切った。
 そしてそれはグラフ本人が証言した通り、歴代の聖王の廟(びょう)にステイリーフォン聖王子の遺体として安置されていたのが、実はジュルリフォン聖王子であるという物的な確証を得たということであった。
 しかし、それはあくまでもグラフ将軍が確証を得たという証言であって、他者がその物的な証拠を現段階では確認することはできない。
 むろんグラフ将軍が寝返る程の確証を得たという証言なのであるから、その信ぴょう性はかなり高いが、それでもあくまでも証言は証言であり、物的な証拠ではない。
 そして、二月二七日のジュルリフォン聖皇の第一の宣言で、それについて真っ向から否定している。

 つまり、聖皇国の国民からしてみれば、あくまでもグラフ将軍と聖皇のそれぞれの証言によるもの以上の確証を、現段階で求めることは不可能であり、それでも心情的に、グラフ将軍の証言の方が、諸々の要素から、その証言の信ぴょう性の天秤を、聖皇側より下へ傾かせているのである。
 そしてその天秤を、グラフ側である八カ国連合側に大きく傾かせている要因が、もう一つの『名実』の『実』にあたる部分の不人気なザッドの強大な権限と、その為人(ひととなり)であった。
 それが今回、聖皇国の国民の決して少なくはない数が、聖皇国を見限った大きな原因である。

 三月一日の聖皇の第二の宣言は、その『実』の部分にはっきりとスポットを当てたことになる。



〔参考 用語集〕
(神名・人名等)
 グラフ(ソルトルムンク聖王国の将軍)
 ザッド(ソルトルムンク聖皇国の宰相。正体は制多迦(セイタカ)童子)
 ジュルリフォン聖王子(龍王暦一〇四〇年の舟遊びで亡くなった聖王子)
 ジュルリフォン聖皇(ソルトルムンク聖皇国の初代聖皇。正体は八大童子の一人清浄比丘)
 ステイリーフォン聖王子(ジュルリフォン聖王子の双子の弟)
 ダードムス(ソルトルムンク聖皇国の碧牛将軍。聖皇の片腕的存在)
 ヒルガムダス(ソルトルムンク聖皇国の丞相)
 ラムシェル王(ミケルクスド國の王。四賢帝の一人)
 ンド(元ソルトルムンク聖王国の老大臣。故人)

(国名)
 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
 ソルトルムンク聖皇国(龍王暦一〇五七年にソルトルムンク聖王国から改名した國)
 バルナート帝國(北の強国。第七龍王摩那斯(マナシ)の建国した國。金の産地)
 ミケルクスド國(西の小国。第五龍王徳叉迦(トクシャカ)の建国した國。飛竜の産地)

(その他)
 三種の神器(ソルトルムンク聖王国の聖王の証。「聖王の冠(ケーニヒ・クローネ)」、「聖王の杖(ケーニヒ・シュトック)」、「聖王の剣(ケーニヒ・シュヴェーアト)」の三つの宝物)
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