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2016年10月24日03:23

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『海神の子』第4話

『海神の子』第4話

 出産を終えたカノンは私室に移り、寝台で疲れ切った体を休めていた。
「シードラゴン…」
 レウコテアが第一子を、サガが第二子を腕に抱いて部屋に入ってきた。二人がカノンの寝台の傍らに置かれた椅子に腰を下ろす。
「お疲れ様です、シードラゴン。ご立派な御子様ですよ。双子の男の子です」
 赤子を抱いたレウコテアが嬉しそうに微笑み、カノンに子を見せる。赤子を抱いた白い女神の姿は聖母のようだった。
「市内はもうお祭り騒ぎですよ。神の息子が生まれたと、あちこちで人々がお祝いを…。公邸にも祝賀の人々がたくさん訪れて来てます」
「そうか…」
「明日、元老院はヘラ神殿とアルテミス神殿で感謝の祭儀をすると決議するそうです。ポセイドン神殿や市内の他の神殿でも感謝の祭儀がそれぞれ行われます」
「……」
 レウコテアの報告をカノンはさしたる感慨も浮かばない顔で聞いていた。
「シードラゴン、子供たちにお乳を上げては?」
「…おれがやるのか?」
 レウコテアの勧めにカノンは戸惑い、不思議そうな顔をした。
「乳母もこちらで用意しておりますが、最初の乳付けは母君がやるのがよろしいでしょう」
「……」
 カノンはしばらく納得のいかなそうな顔をしていたが、やがて体を起こした。育児経験のあるレウコテアが授乳の介助をする。彼女から赤子を受け取ったカノンは危なっかしそうな手つきで子供を抱くと、はだけた服から張った乳房を露出させ、拭いて清潔にした後、赤子の口に含ませた。
 赤子は、無心にカノンの乳を吸った。
「…金髪だな…」
 腕の中の子供を見下ろしていたカノンがぽつりと呟く。
「ジュリアン様に似られたのでしょう。お綺麗な御子様です」
「そうだな…ジュリアンに似ている…」
 やがてカノンは赤子を交代させ、サガから彼が抱いていた第二子を受け取り、その子にも乳をやった。
「この子は黒髪だ…。誰に似たんだ?」
「本来のポセイドン様の御姿に良く似ておいでですわ」
「キュアノカイタ(紺黒の髪)の大地を揺るがす神…か…」
 叙事詩で歌われたポセイドンの枕詞をカノンは呟いた。ポセイドンの本来の姿形などカノンは知らないが、女神であるレウコテアが言うのならそうなのだろう。
「本当に…ポセイドンの子なんだな…」
 その事実は、カノンを不快な気分にさせた。自分を組み敷き、犯し、得意げに勝ち誇っていたポセイドンの笑顔を思い出してしまう。この子は自分がポセイドンに征服された証なのだと思うと、背筋がぞっとした。海皇の高笑いの声が脳裏に聞こえる気がした。
 授乳を終えたカノンは、再び赤子たちをレウコテアとサガに委ね、寝台に横になった。
「…疲れた…寝る」
「シードラゴン、御子様の名前はどうなさいますか?」
 レウコテアのその言葉にもカノンは意表を突かれ、驚いた顔になった。
「おれがつけるのか?」
「それはシードラゴンが親御様なのですから。ポセイドン様からは御子様の名前についてお言葉はいただけておりませんし、ジュリアン様にお知らせするわけにもまいりませんでしょう?」
「…名前など、考えてなかった」
 だが自分の子の命名を求められたカノンは、疲労の色濃い顔で鬱陶しそうに目を閉じてしまった。
「…面倒くさい。お前に任せる、レウコテア。適当につけてくれ」
「シードラゴン…」
「そいつらを向こうに連れて行ってくれ。見たくない」
 ろくに自分の子を見ようともせず、抱きもせず、可愛がるそぶりも見せず、最低限の義務だけは終えてやったとばかりに、カノンは早々に眠りにと落ちた。
 赤子を抱いてカノンの部屋を出たレウコテアが呟く。
「…シードラゴンは、あまり御子様たちの誕生が嬉しくないようですわね」
「あれほど、産みたくない、と言っていましたから…」
 レウコテアの慨嘆にサガがため息をついた。
「こんなにお綺麗でお元気な御子様たちなのに…。御子様たちが可哀想…」
 レウコテアは腕の中で眠るカノンの第一子に悲しそうな視線を向けた。
「この子たちには、親はカノンしかいないというのにな…」
 腕の中でむずかる紺黒の髪をした甥をサガが見つめる。
「この子たちは、幸せになってくれるだろうか…」
 ポセイドンも産まれた子供たちの幸せなど最初から考慮してはいないようだった。
 この子たちがいつかカノンに愛される日が来るように、と、サガは祈るしかできなかった。

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