『執着と愛の境界線』第3話
三度、続けざまにアケローオスに抱かれたカノンは、彼から離れると寝台に手足を伸ばした。アケローオスが横たわるカノンの額にキスを落とす。
「…落ち着いたか?」
「ん…」
ようやく満足したらしいカノンの様子に、アケローオスは安堵の吐息をついた。まったく、この双子と付き合うのは体力を要する。昔も今も。
「水…飲むか?」
「うん…」
サイドテーブルに置いた銀の水差し(オイノコエ)からアケローオスが酒杯(カンタロス)に水を注ぎ、カノンに差し出した。銀と青玉で装飾を施した杯を受け取ると、カノンは水を飲み干した。からからになったのどを冷たい水がうるおしていく。カノンから空になった銀杯を受け取り、サイドテーブルに戻すと、アケローオスはカノンの傍らに潜り込んで横になった。
「本当に仕方のない奴だな、お前は。どうしておれを欲しがるんだ。冥府の判官殿を愛しているんだろう?」
「愛してるよ」
「ならどうして彼に愛されるだけで満足しない?」
「だってあんたとのセックス、すごくいいもん」
むくれた子供のような口調でカノンが言う。
「体だけの問題か?」
「……」
しばらく押し黙っていたカノンは、やがてすねたようにアケローオスに言った。
「…やっぱりおれのこと、面倒だとか、ラダマンティスに押し付けたいとか、思ってるだろ」
「まったく思わないわけではないが…」
「おれは…!」
ばっと体を起こしたカノンが、アケローオスに詰め寄る。
「おれはあんたに、おれを求めてほしいんだよ!おれを愛しているって言うなら!そうじゃないと…!」
そうしてカノンはアケローオスの胸に頭を寄せて甘えた。
「…不安なんだ。本当はおれのことなんてなんとも思ってないんじゃないか、愛してるなんて口先だけなんじゃないかって…」
「これだけお前を愛しているのに、まだおれの愛が信じられないのか?心をのぞきたいなら、いくらでものぞかせてやるぞ」
「だって…子供のころはサガばかり可愛がられたし…」
「お前の『愛されてない』トラウマは、存外、根が深いな」
アケローオスはカノンの頭を抱きしめた。
子供のころ、サガは周囲の期待に応えようとする「良い子」だった。周囲も、「良い子」のサガを可愛がった。カノンは反発して、気を引こうと色々な悪戯や悪事をした。皆はカノンに手を焼き、余計に彼を遠ざけ…そしてカノンも彼らを嫌い、遠ざかった。
「今でも時々夢に見る。サガがスニオン岬でおれを置き去りにして遠ざかっていく夢…」
「……」
「双子の兄でさえ、そうだったから…。もしかすると、きっと誰もおれのことなんかって…」
だから、と、カノンは言う。
「愛してるなら、ちゃんと態度で示して…」
ため息交じりに、アケローオスはカノンの頭を撫でる。
「だいたい、お前、わがまますぎるぞ。お前はおれを愛してないのに、おれからの愛は欲しがるなんて。そんな一方通行な愛があるか」
「…あんたが欲しいって気持ちは、嘘じゃない」
「執着心と愛は違うぞ、カノン」
ぎゅっとカノンはアケローオスに抱き付いた。
「だめ…か?」
その時のカノンは、ひどく小さな子供に見えた。父を失い、母に捨てられ、兄と仲たがいし、それでも「家族」の愛が欲しいと泣いている小さな子供。
アケローオスは一つ息をついた。
「…いいよ、カノン。お前が愛で満たされるまでは…付き合ってやる」
「今度会う時は…あんたからおれを求めて…」
「ああ」
そうしてアケローオスはカノンにそっと口づけた。
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