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2015年08月11日00:54

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『執着と愛の境界線』第4話

『執着と愛の境界線』第4話

 その日、サガは聖域の教皇の間でアケローオスの訪問を受けた。キトンにヒマティオンという古代の装束で聖域を訪れたアケローオスは、桃を五つほど盛った籠を下げていた。
「おれの荘園でとれたものだ。教皇と二人で食べるといい」
「ありがとうございます」
 形も丸々として色も鮮やかな、いかにも上質そうな桃をサガは受け取った。教皇の間の執務室に通されたアケローオスは、長椅子に腰を下ろすと持参した桃の皮をむき始めた。
「アケローオス様、今日は何の御用で?」
「先日、カノンがおれの館に来てな」
「カノンが?」
「ヒステリーを起こされた。二か月も音信不通だった、どうして自分を無視するんだ、と」
「あいつ…そんなことをあなたに…」
 向かいの長椅子に座ったサガが呆れたように言う。
「自分を愛しているなら態度で示せ、もっと自分を欲しがれと。そうでないと自分が愛されてないのではと不安になると。お前に捨てられた時のことを今でも夢に見ると言われた」
「……」
 アケローオスは用意されたナイフで桃を切り分け、皿に盛ってサガに差し出した。
「それで、カノンと…その…」
「ああ」
「だから、今日は私のところに…?」
「ああ。その前に一つ確認しておきたいのだが…」
 アケローオスはサガをまっすぐ見て問うた。
「サガ、お前もおれが欲しいのか?」
 しばらく考えた後、サガはうなずいた。アケローオスが困ったように苦笑する。
「カノンにも言ったが…執着心は愛とは違うぞ、サガ」
「それはそうですけれど…」
「お前には教皇が…カノンには冥府の判官殿がいるのに…、どうしてそれだけでは満足できない?」
 長椅子から少し離れた所にある執務机に座ったままのアイオロスにアケローオスが視線を向ける。
「だって…あなたとアイオロスは違う…」
 桃を口にしながらサガが呟く。
「カノンと同じことを言うんだな、お前も」
「…なんだか、アケローオス様…私たちと切れたがっているみたいだ…」
 はっとしてサガが立ち上がり、アケローオスに詰め寄った。
「私たちのこと、ご面倒ですか!?嫌いになった!?それとも、私よりカノンの方が好きに…」
 サガのその反応に、アケローオスは噴き出した。
「まったく、お前たちは…言うことまで瓜二つだ」
 くつくつとアケローオスが笑う。大体のところ予想通りの反応だった。
「お前もカノンと同じ…『愛されてない』トラウマが根深いな。困ったものだ」
「……」
 どこか悲しそうな瞳でアケローオスが指摘する。すとん、とサガは腰を下ろした。
「私だって…不安です」
 とつとつとサガが語る。
「あなたにとって私たちは取るに足らない存在だし…。私…あなたに見捨てられたくない…。ご迷惑はかけたくないし、あなたのご負担にはなりたくないけど…、でもかまっていただけるなら嬉しいし…」
「だからおれに抱かれたいと?」
「…カノンと等しく愛してくださると、おっしゃいました。だから…カノンを抱いたなら…」
 二つ目の桃をむきながらアケローオスが言う。
「教皇は…、冥府の判官殿もそうだろうが、おれがお前たちに触れるのは好ましく思うまいに」
 はっとしてサガがアイオロスを見る。アイオロスは憮然とした表情を返した。二つ目の桃が切り分けられると、サガは切った桃を盛った皿を手にし、アイオロスの元まで歩み寄った。
「アイオロス…」
 桃を盛った皿を彼に差し出しながら、サガがおずおずと尋ねる。
「今晩、アケローオス様を過ごしてはだめか…?」
 自分以外の男と夜を共にする許可を尋ねてくる恋人の顔を、アイオロスはまじまじと見た。
「お前が望まないなら…私はあきらめるから…」 
 やがてアイオロスは大きくため息をつき、肩を落とした。下手に出てこられては、アイオロスも否とは言えなかった。だいたい、許さなければ、「カノンにアケローオス様を奪われる」とサガはぐちぐち悩み続けるに決まっている。
「好きにしろ、サガ」
「…すまない」
 憮然とした顔のまま、アイオロスは桃を口にした。天界産だという桃は文句なしに甘く、みずみずしく、おいしかった。土産を持参するあたりが、アケローオスなりの「気遣い」である。
「それで、教皇の間に泊まるのか?」
「う…ん。アケローオス様と二人きりではいけないか?」
「いいよ」
「…あとで、何をしたか全部話すから…」
 そうして罪の味を飲み込みながら、サガはアケローオスとその夜を共にすることを選んだ。

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