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2023年10月26日15:13

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映画レビュー「月」石井裕也の問題作


2016年7月26日、神奈川県相模原市にある知的障害者施設「津久井やまゆり園」で元職員の男が入所者ら19人を殺害、26人に重軽傷を負わせた事件が起きた。この事件を題材に映画化したものが本作『月』だ。作家の辺見庸がすでに2018年、長編小説『月』(KADOKAWA)を発表しており、監督・脚本の石井裕也がどこまでその原作に忠実に映画化したかは、原作を読んでいないのでよく知らない。

重い題材の映画なので、観るかどうしようか迷っていた。ただ「賛否両論の問題作」と言う話題が聞かれるようになり、確認するために観てみようと思った。石井裕也監督は、これまでも数々の秀作を撮ってきており、信用している監督だ(『川の底からこんにちは』、『舟を編む』、『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』、『生きちゃった』、『茜色に焼かれる』など)。

この映画には、実際の重度障害者が出演している。そのことが映像に重みと力を与えていることは間違いない。監督・スタッフの並々ならぬ覚悟と思いが伝わってくる。頭が下がる。映画に協力してくれた関係者、障害者自身の葛藤など、想像するだけでいろいろ大変だっただろうと思う。

私が一番気になったのは、磯村勇斗演じる犯人の元職員さとくんに語らせ過ぎじゃないかということだ。「私は認めない」と宮沢りえ演じる堂島洋子と議論するところまであったが、そこまで言葉で語らせる必要があったのか。「優生思想って知ってる?」とナチスの話まで出てくる。実際の植松聖死刑囚との間にそういったやり取りがあったのかもしれないが、映画としてはストレート過ぎたように思う。言葉での説明やメッセージが多くなると、映画じゃなくてもいいんじゃないかと思えてくる。宮沢りえ演じる洋子が、さとくんと会話しながら
もう一人の自分自身と対話するという映像演出の工夫はあったが…。

障害者を無理やり拘束したり、からかい対象にしてふざける職員2人を登場させて、さとくんをイイ人のように見せる作劇については効果的だったと思う。紙芝居を作って読んだり、絵が上手だったり、さとくんの方がいい加減な職員2人組よりも障害者のことを考えていて真面目だ。さらにさとくんに聴覚障害の恋人を設定したことで、犯人像を一面的な悪人に造形していないのも良かった。ではなぜ、さとくんが「障害者=排除すべき存在」だと考えるようになったのか。その変化こそがこの映画のキモなんだと思う。

障害者施設長のモロ師岡の曖昧な感じも上手かったし、宮沢りえとオダギリジョーのお互い尊重し合うカップルの描き方、また偽善的なものに噛みついていく二階堂ふみの心の荒み方もいい配役だったと思う。

思うのは、障害者のきーちゃんの存在について、もっと描く方法はなかったか。目が見えず、歩けず、発語能力もないきーちゃんは、生きるに値しないのか。「にんげん」ではないのか。見たくないものを見ないようにする社会。効率優先。やっかいな正義感。宮沢りえが悩む「出生前診断」の問題も含め、「生きている」とは何か。重い問題を孕んだ映画であることは間違いない。施設を取り囲む森の闇の深さが印象に残った。それから、さとくんの井上陽水の歌「東へ西へ」の口ずさみも効果的だった。私は、ショーケンが『青春の蹉跌』(1974年/神代辰巳監督)で演じた「エンヤトット…」の口ずさみを思い出した。


2023年製作/144分/PG12/日本
配給:スターサンズ
監督・脚本:石井裕也
原作:辺見庸
企画・エグゼクティブプロデューサー:河村光庸
製作:伊達百合、竹内力
プロデューサー:長井龍、永井拓郎
撮影:鎌苅洋一
照明:長田達也
美術:原田満生
編集:早野亮
音楽:岩代太郎
キャスト:宮沢りえ、磯村勇斗、オダギリジョー、二階堂ふみ、長井恵里、大塚ヒロタ、笠原秀幸、板谷由夏、モロ師岡、鶴見辰吾、原日出子、高畑淳子

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