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2023年02月04日18:09

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映画レビュー「天井の花」

東出昌大という俳優は何を考えているのかよく分からない不思議な人だ。黒沢清の『予兆 散歩する侵略者』では、不気味な宇宙人にピッタリだったし、濱口竜介の『寝ても覚めても』では、女性が夢中になる瓜二つの二人の男も見事に演じていた。何を考えているのか分からないイケメン。心の中身が伝わってこないのだ。だから、作品がハマると面白い。そして、この詩人・三好達治だ。ハッキリ言って、どうしようもないくだらない男だ。詩人としての才能はあったのだろうが、男としては最低の男だ。その馬鹿らしいまでの自己愛と慶子への自分勝手な愛を押しつけるDV男なのだが、東出昌大演じる三好達治には、まったく共感できない。人間的な魅力がその苦悩も含めて感じられないのだ。そういう意味では、このキャスティングは失敗だったのではないだろうか。一方、萩原朔太郎の美しき末の妹・慶子、こちらも相当なわがままで自分勝手なお嬢さんなのだが、入山法子はうまく演じていると思う。DVの被害者的側面もあるが、身勝手で勝ち気なところと不安で弱いところが同居しており、三好達治と同居しながらの彼女の変化にも魅力を感じた。

萩原朔太郎の娘である萩原葉子の同名小説「天上の花―三好達治抄―」を、1966年の発表から56年の時を経て映画化されたもの。原作者・萩原葉子の息子である萩原朔美が、チョイ役(アルス社社長・北原白秋の弟)で出ている。私は昔、萩原朔美さんの映像に関する授業を受けたことがある。でもすっかり変わっていて分からなかった。漫画家の浦沢直樹もチョイ役(佐藤春夫)で出ている。最後に出てきた闇市の娼婦、有森也実はちょっとフケ役をやっていて驚いた。

時代は昭和の初めから太平洋戦争に突入し、三好達治が戦争詩を書かなければならなかった時代から、敗戦後と1964年の彼の死までが描かれる。東京帝大仏文科の在学中に、梶井基次郎らと「青空」同人となり、萩原朔太郎と知り合い、萩原朔太郎を唯一の師を仰いだ詩人。「昭和初期の近代詩に鮮やかな古典を蘇らせ、日本の伝統詩と西欧近代詩が融合した、新しい抒情詩人」と言われた。そんな三好達治(東出昌大)が、萩原朔太郎の末の妹・慶子(入山法子)に一目惚れをする。しかし仕事にありつけず貧乏詩人では食っていけないと結婚を断られ、失意の中、佐藤春夫の姪と見合い結婚をする。三好達治の有名な詩『雪』の「太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ。次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ。」を暗唱する良き理解者であった妻との間に二人の子供をもうけながらも、慶子の夫・佐藤惣之助(『湖畔の宿』など民謡や歌謡の作詞などもある詩人)が死去すると、未亡人になった慶子に16年4ヶ月の思いを伝えて口説き、妻子を捨て、越前三国で二人で暮らし始める。

寒風吹きすさぶ海辺の高台にある古い民家で、戦渦が広がり東京は空襲も増える中で、疎開先での慎ましやかな二人の隠遁生活が描かれる。我が儘放題な慶子が何もない田舎暮らしに文句ばかり言っていたが、次第に三好の自分勝手な男尊女卑的な価値観が慶子を押さえつけていく。その支配から逃れようとする慶子と自分の愛を押しつけようとする三好の葛藤は、次第に家庭内暴力へと発展し、二人の関係は泥沼化していく。厳しい自然の風の音、そして雪に閉ざされて逃げ出せない閉塞感。逃げる慶子と追いかける三好の修羅場が、森の中のトンネルと雪を舞台に美しく描かれる。

美しき抒情詩人であった三好達治が、貧乏と戦争と愛に行き詰まり、自己が肥大化していく。慶子への愛は、妄想としての自己愛でしかなく、その身勝手な愛から逃れようとする女と、それを力で支配支配しようする男。詩人が暴力と金で女を支配しようと変化していくのだ。その自己の肥大化は、戦争詩を書くことで、国家の幻想の肥大化とも重なっていく。三好は妻の逃走と敗戦を通じて、初めて支配の及ばない現実の敗北を知る。脚本は、時間を前後させて、佐藤春夫と姪との結婚から、いきなり三国での慶子との暮らしへと展開し、観客はしばし戸惑う。あとから二人の再会が描かれる。萩原朔太郎の死と、その4日後の佐藤惣之助の死、萩原朔太郎の三回忌の席で、三好が慶子と再会し、彼女への一途だった思いを告げ、離婚と三国の生活へと至った経緯が明かされる。早めに慶子との暮らしの物語を始めたかったのだろう。敗戦後の闇市との娼婦とのセックスで、女性に上になってくれと懇願するところに、三好達治の変化が表現されていた。こういうところは脚本家・荒井晴彦らしい。「天上の花」とは、曼珠沙華、彼岸花のことをさすそうで、慶子に赤い着物を着させている。一方で、「三好達治は、その詩のなかで、辛夷(コブシ)の花にその名をつけている。」との解説もある。いずれにせよ、三好達治にとっては慶子は「天井の花」(=理想化した女性像)であり続けて欲しかったのだろう。


2022年製作/125分/PG12/日本
配給:太秦
監督:片嶋一貴
原作:萩原葉子
脚本:五藤さや香、荒井晴彦
プロデューサー:寺脇研、小林三四郎
撮影:渡邉寿岳
照明:堀口健
美術:佐々木記貴
衣装:宮本茉莉 江頭三絵
編集:福田浩平
音楽:ヌーマン
キャスト:東出昌大、入山法子、吹越満、有森也実、浦沢直樹、萩原朔美、林家たこ蔵、鎌滝恵利、関谷奈津美、鳥居功太郎、間根山雄太、川連廣明、ぎぃ子
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