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2021年08月29日09:36

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青豆とうふ[読書日記845]

題名:青豆とうふ
著者:和田 誠(わだ・まこと)、安西 水丸(あんざい・みずまる)
出版:中公文庫
価格:900円+税(2021年5月 初版発行)
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イラストレーター和田誠さんと安西水丸さんのエッセイ集です。
2003年に単行本が発行されていましたが、今年、中央文庫から文庫として刊行されました。

裏表紙の惹句を引用します。
 ひとつの時代を築いたふたりのイラストレーターが、
 お互いの文章と絵をしりとりのようにつなぎなから
 紡いだエッセイ集。愛する映画や音楽について、旅
 や身辺のできごとなど「お題」に導かれて思いがけ
 ず飛び出した、多彩な話のかずかず。カラー画満載
 の贅沢な一冊。

印象に残った文章を6つ引用しましょう。

1.和田誠さん:「ワールド・トレード・センター→お小遣い」から。
“初めての外国旅行はヨーロッパへの団体ツアーだった。1964年、東京オリンピックの時。
 日本へ選手を運んできたKLM機がいったん帰り、閉会の頃選手の帰国のために戻ってくる。その往復を利用して格安ツアーが企画されたのだ。
 ぼくが参加したツアーは業界、つまりグラフィック・デザイナー、イラストレーター、コピーライター、カメラマンなどに呼びかけたものだった。(略)
 楽しかったのは、同行のメンバーに横尾忠則君、篠山紀信君がいたことである。みんな若くて無名だった”(82p)

2.安西水丸さん:「お小遣い→市原悦子」から。
“小学生の頃、一日の小遣いは十円だった。ぼくの家は特別金持ちではないが、そうかといって貧しい方でもなかった(とおもう)。(略)
 とにかく一日の小遣いは十円ときまっていて、またそれ以上に欲しいとも思わなかった。十円あれば駄菓子屋で充分に買い物ができた。
 とにかく国会議事堂の描かれた暗い風景の十円札を手にした時はうれしかった。当時は国そのものが貧しかったのだ”(88p)

3.和田誠さん:「市原悦子→寺山修司」から。
“シナトラと仲のよかったディーン・マーティンは、大の飛行機嫌いであった。海外にはあまり行かず、国内も列車を使う。
 ある時、ニューヨークに滞在していたシナトラから荷物が届いた。
 それにはこっちに遊びに来ないかという手紙と、飛行機の切符と、パラシュートが入っていた”(104p)

上に引用した1〜3は連続したものですが、これらのタイトルをご覧になってわかるとおり、
 「ワールド・トレード・センター→お小遣い」
 「お小遣い→市原悦子」
 「市原悦子→寺山修司」
のように、前に書いた人の2番目のお題を次のエッセイに引き継いで、しりとりのようになっています。
面白い趣向ですね。

印象に残った文章を続けます。

4.安西水丸さん:「ニセモノ→ファン」から。
“先日、小説家の村上春樹さんと久しぶりに会った。
 「六本木にぼくの名前を騙って悪さをしている男がいるというのを知ってますか?」
 春樹さんは会うなり言った。
 「そんな奴がいるんだ」
 「そうなんです。何でも六本木のクラブに出入りして、ぼく村上春樹ですって言って女の子をナンパしまくってるらしいんです」
 「ひどい男だね」
 「困った奴ですよ、ほんとに」
 それにしても、村上春樹だからといって、引っ掛かる女も女だと思ったが、まあ彼の人気を考えればありうることだろうと納得した”(161p)

5.和田誠さん:「ペンネーム→粋な計らい」から。
“夫婦でニューヨークに出かけた時、偶然に「レミ」というレストランを見つけて、入って食事をした。イタリア料理店だった。
 ウェイトレスに「レミ」の意味をきいた。「ゴンドラ漕ぎ」のことだという。(略)
 そのメニューを「記念に欲しい」と妻は言う。ウェイトレスに「メニューをくれないか」ときいた。彼女は「ごめんなさい。あげられません」と言う。
 「では売ってちょうだい」と頼んだ。「売りものじゃないんです」と彼女。
 ぼくは「妻の名前がレミなんだ」と言った。
 すると彼女はニコニコしながらこういったのである。
 「メニューはあげられません。売ることもできません。でも、あなたが持っていくのを見ないでいることはできます」”(215p)

6.安西水丸さん:「あとがき」から。
“和田さんの「まえがき」にあるとおり、「青豆とうふ」のタイトルは村上春樹さんが付けてくれました。(略)
 ぼくは渋谷の小料理屋で春樹さんと食事をしました。
 「あのさ、和田誠さんと連載をはじめるんだけど、村上さんに何かタイトルを」
 ぼくも春樹さんもビールを飲んでいました。
 「そんな、大それたことを」
 春樹さんは即座に言いました。無理強いはいけない。その後、酒も進みました。
 「あのさ、さっきのタイトルのことだけど……」
 春樹さんは豆腐に箸を伸ばしたところでした。豆腐は青豆でできていました。
 「それじゃ、青豆とうふ」
 春樹さんは例の照れくさそうな顔をして言ったのでした”(236p)

和田さん、安西さん共に故人となってしまった方ですが、その人たちの声が聞こえるかのような気持ちで読みました。
村上春樹さんが書いた【『青豆とうふ』文庫版のおまけ】もお二人への思いが滲んだ名文です。

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和田 誠(わだ・まこと)
1936年生まれ。多摩美術大学卒。77年から「週刊文春」の表紙を担当。
グラフィックデザイナー、イラストレーターとして書籍の装画、装丁を数多く手がけた。
デザイン、絵画の分野で文藝春秋漫画賞、講談社出版文化賞など受賞多数のほか、翻訳、映画監督、エッセイ執筆など幅広い活動により菊池寛賞を受賞。絵本を含む自著は二百冊を超える。2019年10月死去。

安西 水丸(あんざい・みずまる)
1942年東京生まれ。日本大学芸術学部美術学科卒業。電通、ADAC(ニューヨーク)、平凡社を経て独立。
朝日広告賞、毎日広告賞、87年、日本グラフィック展年間作家優秀賞を受賞。イラストレーターとしてだけでなく、絵本、漫画、エッセイ、小説でも、数多くの作品を遺した。2014年3月死去。

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