八大龍王伝説
【526 元ゴンク帝国領(後)】
〔本編〕
「しかしながら、東の三地方は割譲した当初から少しばかり変化がございました」
ダードムスの話が続く。
「当初は、東で一番北のヒールテン地方――元クルックス共和国の領土と接している地方でありますが、こちらがミケルクスド國の領土。そして東の中央であるテンガード地方が、ジュリス王国の領土。東の一番南の地方で、東と南に海岸線のあるロモモテン地方が、バルナート帝國の領土でありました。
このうち、ミケルクスド國領であったヒールテン地方につきましては、ここを統治していたミケルクスド國の王妹ユングフラ姫が全軍を率いて、グラフ、ンド、クレフティヒの聖皇国の三要人に救出に向かわれました。
そのため、ヒールテン地方には兵がほとんどいなくなりました。
その空白地同様となったヒールテン地方に、テンガード地方に駐屯していたジュリス王国の兵が侵攻し、ヒールテン地方全域を占拠してしまいました。
ジュリス王国からテンガード地方に赴任してこられたのは、ジュリス王国の現王であられるユンルグッホ王の叔父に当たられるイデアーレ殿であります。
ザッド殿の話によれば、イデアーレ殿とは既に密約が出来ており、ジュリス王国は、ラムシェル王の提唱している八カ国連合には加わらずに、我が聖皇国側につくということだそうです。
俄(にわか)かに信じ難い話ではありますが、元々イデアーレ殿は、ユンルグッホ王の父にあたるジュリス王国の前王ヨールグッホ王の弟君に当たられ、兄であるユンルグッホ王より能力的には遥かに優れていたようでありますが、年齢の序列により王になれなかった方だそうであります。
今、ジュリス王国の王であられるユンルグッホ王も、今年二一歳になられましたが、まだまだ王としては若年であります。
そして、ザッド殿によれば、イデアーレ殿はザッド殿ご本人に似た性格で、利に敏(さと)い方とのこと。
その証拠として、ユングフラ姫が全軍を率いて空っぽとなった元ゴンク帝國領のヒールテン地方を占拠したという事実がそれを物語っているという見解のようです。
そして決定的な事柄が、昨日である三月四日の未明に、元ゴンク帝國でバルナート帝國領であったロモモテン地方を襲撃したということであると、ザッド殿が述べられていらっしゃいます」
「それは、朕も書簡の内容から理解できたが、ダードムスには、何か興味深い点があるということであったな」
ジュルリフォン聖皇の言の葉に、ダードムスは、はいと一言言ったのち、その点について語り始めた。
「二点ほど違和感を覚える事柄がございました。一点目が、ロモモテン地方のバルナート兵に襲撃を仕掛けた一団全員が、目の部分だけをくり抜いた仮面(マスク)を顔につけていたということ。
そして二点目が、襲撃されたバルナート兵が脆くも敗れ、ロモモテン地方の南の海岸線から海上に撤退させられたという点であります。
まず、仮面をつけているという点でありますが、襲撃部隊の正体を隠すためだと思われますが、仮にジュリス王国のイデアーレ殿の仕業であれば、既にミケルクスド國領であったヒールテン地方を電撃占領しているわけでありますから、何も殊更(ことさら)に兵の正体を隠す必要もないように、私には感じられました。
そして、やはり二点目のバルナート兵が、奇襲されたとはいえ、そんなに脆くもロモモテン地方から追い落とされるものであるという点が大いなる違和感を覚えました。
バルナート兵は、ヴェルトの人間なら、誰もが知っているように、大陸で最も強い兵であります。
そして、ロモモテン地方に駐在している長官はバーフェム将軍。バルナート帝國四神兵団の一つである朱雀騎士団の軍団長であります。
バルナート兵の中で、最も精強の兵の集団の一つであります朱雀騎士団が、容易く敗れたという点に私は大きく引っかかるものがございます」
「うむ。確かにダードムス殿の疑惑には、わしも同意できるところであります」
普段はあまり発言をしないヒルガムダス丞相が語り始めた。
「しかし一般論として考えますに、どのように精強な兵であっても、思わぬところからの奇襲――、奇襲一般が思わぬところからの襲撃とはいえますが、そのような奇襲には精強な兵であっても虚をつかれたことから、脆くも敗れるのではありませんかな。
特に朱雀騎士団と言えば、初代軍団長が八大龍王の第一龍王であられた難陀(ナンダ)龍王殿。そしてその当時副官を務められておられたバーフェム殿が二代目軍団長でありますが、いずれにせよ朱雀騎士団の特徴は、優れた機動力とその機動力による電撃的な攻撃力と破壊力。この攻撃力につきましては、ヴェルトのどの國の部隊であろうとも、真正面から受け止めるのは至難の業と思われます。
しかしながらそのような部隊ほど、案外防御に回った場合は、意外な弱点を露呈するのではないでしょうか? 攻めが強い兵や軍ほど、守りに関する概念が疎(おろそ)かになり、結果、守るという経験も少なくなり、守りそのものが苦手となる。
さらに言えば、ロモモテン襲撃の初期段階で軍団長のバーフェム殿が命を落とされるなどの指揮官が不能な状態に陥ったかもしれません。それであれば、どれ程精強なバルナート兵でも烏合の衆と化しましょう。
また、他の可能性といたしまして、我が聖皇国とバルナート帝國は、今現在、敵対関係となっており、その関連で、バルナート帝國の本国から、朱雀騎士団に、ロモモテン地方から撤退し、バルナート帝國の本隊と合流するよう指令が既に出ていたかもしれません。
バルナート帝國からすれば、遠方の飛び地であるロモモテン地方そのものに、それほど戦略的価値はない。そこを朱雀騎士団に守らせるのは、攻撃力のある部隊の能力を無駄に使用しているもの。ロモモテン地方から撤退した朱雀騎士団が、南岸から船で海洋に逃れた事実から、既に朱雀騎士団はロモモテン地方から撤退する積りでいたのかもしれません。
それであれば、バルナート帝國側の撤退と、ジュリス王国側の奇襲がたまたま同時間帯に合致して、絵に描いたような見事な奇襲劇として、衆目の目に映ったのかもしれません。
陛下。これはあくまでも臣の推測の域での一論でしかありませんが……」
「いやいや、丞相! そちのその論、非常に理にかなっておる。丞相がそのように深い戦略眼を持っているとは、朕は今まで知る機会がなかった」
ジュルリフォン聖皇は喜ばし気に、ヒルガムダスをしばし讃えた。
〔参考一 用語集〕
(八大龍王名)
難陀(ナンダ)龍王(ジュリス王国を建国した第一龍王。既に消滅)
(神名・人名等)
イデアーレ(ジュリス王国の将軍。ユンルグッホ王の叔父)
グラフ(ソルトルムンク聖王国の将軍)
クレフティヒ(元ソルトルムンク聖王国の大臣)
ザッド(ソルトルムンク聖皇国の宰相。正体は制多迦(セイタカ)童子)
ジュルリフォン聖皇(ソルトルムンク聖皇国の初代聖皇。正体は八大童子の一人清浄比丘)
ダードムス(ソルトルムンク聖皇国の碧牛将軍。聖皇の片腕的存在)
バーフェム(バルナート帝國四神兵団の一つ朱雀騎士団の軍団長)
ヒルガムダス(ソルトルムンク聖皇国の丞相)
ユングフラ(ラムシェル王の妹。当代三佳人の一人。姫将軍の異名をもつ)
ユンルグッホ王(ジュリス王国の王)
ヨールグッホ(ジュリス王国の前王。ユンルグッホ王の父)
ラムシェル王(ミケルクスド國の王。四賢帝の一人)
ンド(元ソルトルムンク聖王国の老大臣。故人)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖皇国(龍王暦一〇五七年にソルトルムンク聖王国から改名した國)
バルナート帝國(北の強国。第七龍王摩那斯(マナシ)の建国した國。金の産地)
ミケルクスド國(西の小国。第五龍王徳叉迦(トクシャカ)の建国した國。飛竜の産地)
クルックス共和国(南東の小国。第四龍王和修吉(ワシュウキツ)の建国した國。唯一の共和制国家。大地が肥沃。滅亡)
ゴンク帝國(南の超弱小国。第三龍王沙伽羅(シャカラ)の建国した國。現在はツイン地方のみが国土)
ジュリス王国(北西の小国。第一龍王難陀(ナンダ)の建国した國。馬(ホース)の産地)
(地名)
テンガード地方(元ゴンク帝國の一地域。現在はジュリス王国領)
ヒールテン地方(元ゴンク帝國の一地方)
ロモモテン地方(元ゴンク帝國の一地方)
(その他)
四神兵団(バルナート帝國軍の軍団の総称。白虎騎士団、朱雀騎士団、青龍兵団、玄武兵団の四つに分かれる)
朱雀騎士団(バルナート帝國四神兵団の一つ)
〔参考二 大陸全図〕
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