題名:地鳴き、小鳥みたいな
著者:保坂 和志(ほさか・かずし)
出版:講談社
価格:1500円+税(2016年10月 第1刷)
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マイミクさんお薦めの短編小説集です。
マイミクさんが読書日記に書いていた“保坂和志の独特のテクスト”とはどんなものか読んでみたくて手に取りました。
目次を紹介します。
夏、訃報、純愛
地鳴き、小鳥みたいな
キース・リチャーズはすごい
彫られた文字
“独特のテクスト”の一例を「地鳴き、小鳥みたいな」から引用します。
“私は身延道に沿って栄えた商店街の一角の母の実家の富士川の方、
ということは家々の裏側になる方をここに思い出そうとするとやはり
富士川の堤防のあたりから思い出すのがいい、今はもうここも、ここ
こそが跡形もない、商店街の家々の間口に対して奥行きが一対六
ぐらいありそうなそれがどれもそのような形の敷地に並んでいるという
ことは大正か明治期にそこはいわば計画的に、今の概念では分譲
された土地ということになるのだろうと考えてみるだけで胸が熱くなる
思いがする”(41p)
数えてみたら、220字でした(笑)。
最初は「読みにくいなぁ」と思っていたのですが、だんだん引き込まれていくので不思議です。
理由を考えたのですが、この連想を次々とつなげるような書き方は、人がぼんやりと考えている時の流れに似ているからかもしれないと思いました。
つまり、ふだん人間(私)は、テーマを決めて一つのことを一心不乱に考え抜くのではなく、一つの単語が脳裏に浮かぶと、それに関連した様々な記憶や思いが続けて出てきて、最後は最初の単語(主語)とは全く別の世界に飛躍したりします。
そんな思考形と似ているから、文法のルールを無視した不思議な形でも惹かれるのかもしれません。
この短編集で、文章や書き方について触れている箇所が2つありました。
1.「地鳴き、小鳥みたいな」から。
“私は再現するというのは言葉で再現するのはまったく二の次だ、私は再現したいのはいつもそこそのものを再現したい”(65p)
2.「彫られた文字」から。
“句読点は意味で打つか読み(しゃべり)の呼吸で打つか、(「句」は「何」にも「向」にも似てる)、
ふつうは意味で打つ、というか意味と呼吸が同じだが興が乗ってくると意味より呼吸が前に出る、私の話でなく一般論としてそうだ、〜”(159p)
保坂さん自身が「言葉」の力を、それほど信じていないのかもしれません(もしくは、言葉の力は信じているが、その限界も知っている)。
そんな風に思った理由として、「キース・リチャーズはすごい」からも引用します。
“小説なんだからその音を描写しろと人は思うだろうか、しかし実際に音楽そのものを描写した小説があっただろうか、〜”(93p)
文章(言葉)で音楽を伝えられるかを突き詰めれば、自ずと文章でできることに限界がある、と言いたかったのかもしれません。
普通の起承転結を期待して読むと外れですが、独特の魅力がある作品集でした。
蛇足ですが、映画『パイレーツ・オブ・カリビアン 生命の泉』を観ていたら、キース・リチャーズがチョイ役で出演していました。検索してみると、本物のキース・リチャーズのようです。
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保坂 和志(ほさか・かずし)
1956年、山梨県生まれ。鎌倉で育つ。
早稲田大学政経学部卒業。90年、『プレーンソング』でデビュー。
93年、『草の上の朝食』で野間文芸新人賞、95年、『この人の閾』で芥川賞、97年『季節の記憶』で平林たい子文学賞、谷崎潤一郎賞、2013年、『未明の闘争』で野間文芸賞を受賞。
『猫に時間の流れる』『残響』『生きる歓び』『カンバセイション・ピース』『カフカ式練習帳』『朝露通信』『小説の自由』『考える練習』『遠い触覚』『書きあぐねている人のための小説入門』『試行錯誤に漂う』など著作多数。
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