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2017年03月19日21:57

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〔小説〕八大龍王伝説 【470 グラフ王城脱出(後)】


 八大龍王伝説


【470 グラフ王城脱出(後)】


〔本編〕
 ユングフラは一呼吸入れると、その瞬間すら惜しかったように言葉を続けた。
「しかしながら、グラフ殿がこの地を脱し、兄ラムシェルのいるミケルクスドの首都イーゲル・ファンタムに赴いていただければ、そこで兄王と共に、聖王国の正統な王子であるステイリーフォン聖王子様の下で立ち上がっていただくことができます。その時こそ、聖王国の忠臣としてグラフ将軍のお力が十二分に発揮されます。
 私、ユングフラはそのためにグラフ殿をお救いいたしました。さらに、グラフ殿をお味方に引き入れるために、聖王廟のある、ここマルシャース・グールに入城しました。グラフ将軍! ここでグラフ将軍を失うのは、私のここまでの苦労を全て無にするということです! グラフ殿は恩人に弓を向けるお方なのですか?!」
「……」
 このユングフラの言葉にグラフは何も言えなった。
「……分かりました。姫のご意向に沿いましょう。共にマルシャース・グールから脱出しましょう!」
「グラフ殿! 申し訳ございませんが、その意に沿うことは出来ません! 私はこのマルシャース・グールで聖皇国軍と相対します!!」
「馬鹿な! それでは姫の命はございませんぞ!! それこそラムシェル王にとって大きな損失です。姫を見捨てて、わしだけで逃れたのでは、わしの立つ瀬がない!」
 グラフの赤ら顔はさらに真っ赤になった。
「いえ! 兄ラムシェルも、わたしがこのマルシャース・グールに入城した時点で、私の死は受け入れております。ここで私もグラフ殿と一緒に逃げると、マルシャース・グールのヒールテン地方軍は、その支柱を失い、その瞬間に瓦解いたします。
 それでは、これから向かってくるソルトルムンク聖皇国の正規軍に相対する軍は皆無となり、聖皇国正規軍は一気に逃げる我らに追いすがり、結局、私もグラフ殿も捕縛され、いずれにせよ命を失うこととなりましょう。私がこの地に留まれば、少なくとも一万のミケルクスド國別働隊のヒールテン地方軍は、軍の形態を成し、正規軍をこのマルシャース・グールに数日は足止めできます。
 その間にグラフ殿は、ミケルクスドのイーゲル・ファンタムに逃げることが可能となります! この役目は私以外にはできません! その代わりではありませんが、グラフ将軍は絶対に生きてイーゲル・ファンタムを訪れて下さい! これはユングフラ、たっての願いであります!!」
 このようなユングフラの決死の願いを、無下にできるような漢(おとこ)では、グラフは当然無かった。
 無言で頷いた後、グラフは最後にこう言った。
「姫のお気持ち十分すぎる程分かりました。このグラフ、必ずイーゲル・ファンタムに赴き、そこで兵を整えて、必ず姫をお迎えに上がります。それまで、短い期間ではございますが、このマルシャース・グールの地でお待ちください!」
 グラフがスルモンを伴いマルシャース・グールを、数名の兵に守られて発ったのは、それから一時間後のことであった。

 グラフがマルシャース・グールを発った翌日の一月三一日。ユングフラは昨日、軍議を開いた部屋に一人でいた。
「姫! ここにいたのか? 私室にいなかったので探しましたよ」
「ああ〜、マークか」
 ユングフラは部屋の片隅に座り込み、目だけを部屋の入口に立っているマークの方に向けた。
「マークは、なんで昨日グラフ将軍と一緒に脱出しなかった?」
「私がグラフ将軍と一緒に行っては、姫が一人ぼっちになってしまうではないか……」
「……馬鹿な! 私はそんなに孤独な存在ではないぞ!」
「じゃあ、残って迷惑だったのか? 姫にとっては……」
「……残ってくれたことは素直に嬉しい。しかし、私はどちらにせよ生きてミケルクスド國には戻れない。そんな私についても何のメリットもない!」
「だから、姫一人では寂しいと思って……」
「お前は馬鹿か! マーク!」
 ユングフラはマークに悪態をついたが、その姫のエメラルドグリーンの瞳は笑っていた。
「むろん、姫が寂しがるというだけの理由で残ったのではない」
 マークも笑いながら言葉を続ける。
「グラフ将軍がイーゲル・ファンタムの地に辿り着くよう少しでも時間稼ぎが必要だ。スルモン殿がグラフ将軍とこの地を去った以上、姫だけではミケルクスド國別働隊ヒールテン地方軍はともかく、グラフ将軍を頼りにしていたソルトルムンク聖皇国兵を繋ぎとめて置くことはできない。
 私がここに残ることにより、元ソルトルムンクの民ではあっても、ここに残るソルトルムンクの兵たちにとっては少しでも心の支えになる。そういった戦略的な理由も一応考えてのことではあったのだが……、姫! いかがですか?」
「……それは確かに助かる。実際に昨日グラフ将軍がここを去ってから、このマルシャース・グールに対しての敵の襲撃が頻繁に起こるようになった。まあ、規模としては多くて数百人規模の襲撃だが……。それでもマルシャース・グールは巨大な王城で、東西南北いずれからも攻めることができる守りに向いていない城だ。
 我らヒールテン地方軍だけでは勝手が分からない点が多々ある。それにしても、ソルトルムンク聖王国側の司令官殿が、この忙しい今、私のところを訪ねて来られるとは、随分な余裕だな」
「まあ、元ソルトルムンクの兵士であった司令官級の四人が揃っているから、数百人規模程度の襲撃では、私の出番はないからね」
 マークはにっこりと笑った。
「アルク、ミュストン、サルルッサーとソイーズか? 結局あの四人はマークがミケルクスド國に来てからずっと一緒だな。実に仲がいい」
「私は姫と違って友人が多いですから……」
「何だと!!」
 ユングフラとマークは誰もいないのをいいことに大声で笑い合った。
 数日の後には、お互いに生存していないであろう二人とは思えない明るさであった。
 或いは、混迷の時代の者はいつ亡くなってもいいように覚悟をしているので、このようにどんな時でも明るく振る舞えるのであろうか?
 平和な時代の人々には理解し難い感覚かもしれない。
「しかし、それにしても仲良し四人組は、龍王暦一〇五一年にミケルクスド國に亡命した時には、五十人規模の部下を預かる中隊長たちであったのが、あれから十年で、皆、千人規模の部下を預かる将軍となったな。
 まあ、三万の兵を動員するのが精一杯のミケルクスド國ゆえに千人規模を率いても将軍かもしれないが、ソルトルムンク聖皇国のような超大国では、大隊長の上の小官といった地位に相当する程度だろうな。ところで実際問題として、今のソルトルムンク聖皇国はどのくらいの軍を動員できるのかな?」
「そうだね。実際今のソルトルムンク聖皇国は、カルガス、クルックス、フルーメスの三國を併呑し、事実上ゴンク帝國の領土も五分の二相当を組み込んでいるから少なく見積もって総人口は三千万。場合によっては四千万に届く可能性もあるので、その百分の一が軍として動員できる限界数とすれば、三十万から四十万になるかな。
 それに対して、ミケルクスド、バルナート、ジュリスの三國を合わせて、恐らく多く見積もって千五百万の人口であるから、軍としては十五万人を動員できる計算になる。むろん、三國が足並みを揃えたと仮定しての話だから、いずれにせよ聖皇国の国力及び兵力は圧倒的な状態であるといえるかな」



〔参考 用語集〕
(神名・人名等)
 アルク、ミュストン、サルルッサー、ソイーズ(マークの友人達)
 グラフ(元ソルトルムンク聖王国の近衛大将軍)
 ステイリーフォン聖王子(ジュルリフォン聖皇の双子の弟)
 スルモン(元近衛軍の十六副将軍の一人)
 ユングフラ(ラムシェル王の妹。当代三佳人の一人。姫将軍の異名をもつ)
 マーク(シャカラの親友。レナの兄)
 ラムシェル王(ミケルクスド國の王。四賢帝の一人)

(国名)
 ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
 ソルトルムンク聖皇国(龍王暦一〇五七年にソルトルムンク聖王国から改名した國。大陸中央部から南西に広がる超大国)
 バルナート帝國(北の強国。第七龍王摩那斯(マナシ)の建国した國。金の産地)
 カルガス國(北東の中堅国。第六龍王阿那婆達多(アナバタツタ)の建国した國。滅亡)
 ミケルクスド國(西の小国。第五龍王徳叉迦(トクシャカ)の建国した國。飛竜の産地)
 クルックス共和国(南東の小国。第四龍王和修吉(ワシュウキツ)の建国した國。唯一の共和制国家。大地が肥沃。滅亡)
 ゴンク帝國(南の超弱小国。第三龍王沙伽羅(シャカラ)の建国した國。現在はツイン地方のみが国土)
 フルーメス王国(南の弱小国であり島国。第二龍王跋難陀(バツナンダ)の建国した國。滅亡)
 ジュリス王国(北西の小国。第一龍王難陀(ナンダ)の建国した國。馬(ホース)の産地。滅亡)

(地名)
 イーゲル・ファンタム(ミケルクスド國の首都であり王城)
 マルシャース・グール(元ソルトルムンク聖皇国の首都であり王城。今はミケルクスド國のユングフラによって占領されている)

(その他)
 小官(指揮官の位の一つである官の第三位。千人規模を指揮する。大隊長より上位)
 大隊長(大隊は二百五十人規模の隊で、それを率いる隊長)
 中隊長(中隊は五十人規模の隊で、それを率いる隊長)
 ヒールテン地方軍(ユングフラ姫の率いるミケルクスド國別動隊。元ゴンク帝國領のヒールテン地方の駐留する軍ゆえに便宜上、そう呼ばれている)
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