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2016年12月20日00:10

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両刀使いのピアニスト

 そのピアニストは、自著にとんでもないことを書いているそうです。 
 それによれば、某国公演の際、彼は地元の名家に逗留し、まずはその家の奥方と「親交」し、続いて娘と「親交」し、最後は息子と「親交」したということです。感想は、「トテモヨカッタ」(『クラシックの聴き方が変わる本』/洋泉社P160の記述より)。 
 いささか品のない言葉を使えば、この人はお盛んな“両刀使い”だったんですね(日本ハム・ファイターズの大谷くんは、断じてこれと区別して、“二刀流”と言わなければいけません!)。 
 ピアニストの名は、アルトゥール・ルービンシュタイン。 
 え、あのルービンシュタインが?と思われる人もいることでしょう。比較的、知名度の高いピアニストです。 
 でも、有名な割には、どこがいいの?と感じることが少なくなく、自分にとっては、一部の曲を除いて、長らく馴染めないピアニストでした。実際、以前こちらの日記(http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1800632393&owner_id=22841595)で触れたリパッティによるショパンのワルツ集の演奏の素晴らしさなどは、ルービンシュタインによる同曲集の演奏を反面教師的に聴いて決定的に分かったことでした。 
 ショパンと同郷のポーランド出身のピアニストの宿命かもしれませんが、ポーランド出身というだけでショパン弾きであるかのように扱われ、実際にショパンの曲を演奏した録音も多いようです。でも、どこか音が濁り※、浄らかさというものがあまり感じられませんでした。  
 何と言うのか、この人、いつでも、どこでも、所かまわずルービンシュタインなんですよね。オレ流を貫くロックなピアニストと言えばかっこいいのですが、むしろ曲や作曲者の想いに合わせた演奏をするだけのデリカシーに欠けるというのか、大味で、どこへ行くにも安心な一張羅を着回す田舎紳士といった印象が強く、作曲者よりも演奏者を感じてしまったものでした。 
 
 ただ、よくしたもので、クラシックには、こういうタイプのピアニスト向きの曲もあるように感じます。 
 例えば、上述のショパンでも、英雄ポロネーズに関しては、ルービンシュタインはこの曲に似合った見事な演奏をしていると思います。この演奏は、自分の中では、今だにこの曲の演奏のベスト1です。 
https://www.youtube.com/watch?v=4P63s3Nw3i

 また、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」の演奏も、この曲のイメージに合ったという意味では、飛び抜けて素晴らしいものだと思います。 
https://www.youtube.com/watch?v=iaHMor7GXBY

 多分に曲の別名等にひこずられた聴き方なのかもしれませんが、英雄とか皇帝とかって、いかにも清濁併せ呑み、押しが強い反面、円満で恰幅が良いイメージがありませんか? 
 ルービンシュタインという人は、冒頭の“両刀使い”の話や、音に濁りが感じられること、さらには、いつでも、どこでも、所かまわずルービンシュタインといった押しの強さ等から、このイメージにピッタリと当てはまってしまうのです。で、実際、その演奏も、威風堂々とか、豪放磊落とか、絢爛豪華とかの四文字熟語がよく似合う実に恰幅のいいものなのです。 
 何なんでしょうね、これ。 
 
 よく「聖」と「俗」ということが云われます。 
 勝手な思い込みなのかもしれませんが、一流のピアニストの表現には、多かれ少なかれ、「聖」すなわち超俗的だったり、禁欲的だったり、求道的だったりするところがあるように思います。多くの場合、この「聖」の部分を聴きとることができた時、人々はその演奏に感動し、あるいは癒されるものだと思うのですが、ルービンシュタインのようなタイプの場合、どうも一途にそうした「聖」の部分のみを求めてしまうと、この人の演奏は理解できないような気がします。 
 おそらく、ルービンシュタインという人は、一流のピアニストにしては珍しく、その表現の足場が非常に「俗」に近いところにあったのではないかと思われます。実際、特に若いころは放蕩と道楽の限りを尽くしたといいます。 
 でも、そうした経験は、時を重ねるうちに、いつしか酸いも甘いも噛み分ける人生の達人にうまい具合に昇華されたような印象があります(まぁ、芸の肥やしになったということかもしれません)。 
 そのためか、とくに晩年の演奏には、しばしば他の人が真似ができない大名人ならではのオーラが感じられます。ミスタッチも散見され、技術的正確さはかなり怪しくなっているのに、強力な説得力を感じてしまうのです。そこにあったのは、デカダン(頽廃的)というのとは明らかに異なる、おおらかで明るく華麗な、人生の達人にしか描き出せない世界でした。 
https://www.youtube.com/watch?v=yXd0omiCuA

 今日は、アルトゥール・ルービンシュタインの34回目の命日です。 
 
 
※ これについては、坂本龍一が面白いことを言っているそうです:「僕がルービンシュタインをなぜ嫌いかというと姿勢がいいわけ(笑)。ということは上半身の力が全部鍵盤にかかるわけ。すると、もう割れんばかりの強い音が出るけれども、汚い音になる」(文藝別冊『グレン・グールド』河出書房新社) 
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