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2016年08月27日08:25

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ひとりの記憶 [読書日記590]

題名:ひとりの記憶 海の向こうの戦争と、生き抜いた人たち
著者:橋口 譲二(はしぐち・じょうじ)
出版:文藝春秋
価格:1700円+税(2016年1月第一刷発行)
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マイミクさんが激賞した、海外で暮らしている日本人のルポルタージュです。
海外で暮らす理由の大半は、戦前の日本の国策によって当時の海外植民地に移住したこと(一部は植民地ではない国に移民として渡った方たちも含まれます)。

本作に「ひとりの記憶」として詳しく取り上げられた人たちは十名ですが、取材は八十六名の方々にしたそうです。
そして、取材した時期は1995年〜2002年。
著者は「おわりに」で、次のように書いています。
“取材をスタートさせたのが95年。こうして一冊の本として社会に提出できたのは、2016年。二〇年以上も時間がかかってしまった。
 どうして二〇年もかかってしまったかというと、表現に関しては、「語り口」を見つけられなかったことが大きい”(315p)

“「語り口」を見つけられずに二〇年かかった”という著者の告白が、この重いテーマをどのように発表するべきか、悩んだ期間を示しているように思えます。

取材した方の名前と国名が列記された目次を引用します。

 笠原晋(インドネシア)
 井上助良(インドネシア)
 下山文枝(台湾)
 平得栄三(台湾)
 米本登喜江(韓国)
 中村京子(中国)
 金城善盛(サイパン)
 秋永正子(ポナペ)
 佐藤弘(ロシア)
 原田茂作(キューバ)
 生き抜いた人たち

印象に残ったところを引用します。
1. 笠原晋さん(インドネシア)85歳
“スマトラにおけるインドネシア独立軍の指揮官のほとんどが元日本兵だったという。独立戦争が始まり、一、二年たったころ、笠原さんはジャングルの中で日本人とよく行き会うようになる。
「最初は日本語がうまく出ないんですわ。軍で残った我々の仲間の人ですね。その当時はスマトラに、四、五〇〇人おりましたです。大勢おったんです。二百数十名が独立戦争で死にましたですよ」。我々の仲間という言葉が暖かく胸に残った。(30p)

2.米本登喜江さん(韓国)77歳
“日本が朝鮮半島を統治していた期間は三五年間。日本人は半島のあちこちで暮らしていた。1910年12月の時点で、朝鮮半島に居留していた日本人は一七万人。終戦時にはもっと増えていたに違いない”(127p)

“国交が断絶していた二〇年間、日本人であること自体が悪で汚らわしいという空気が支配的な中、洗濯や行商、草むしりで子どもを育て上げて来たのに、(取材した日本人たちの中で)誰一人として韓国や韓国人を悪く言う人がいなかったことが心に残った。
 言語はもちろんのこと生活習慣の異なる国で、人生の選択を含めて様々な感情を抱えて生きてきたに違いない。不満やいら立ちがないわけがない。それでも「たまたま結婚した相手が朝鮮人だった」という運命と向かいあい、非難がましく否定的な思いは身体の奥の奥の方に押し込んで蓋をして、皆さんは韓国社会で生きて来たような気がする”(130p)

3.中村京子さん(中国)66歳
“中村さんはまだ六六歳。インドネシアや他の国々で会った人たちのように八〇歳を過ぎてそろそろ人生の終わりが見え始めた人たちと、中村さんは状況が違う。
 ここで記憶や自分に流れた時間を誰かに伝え渡しておかないと、自分の人生や存在は誰にも知られないまま消えてしまう、そんな思いで記憶を僕に手渡した人たちと、社会主義国で、しかも歴史的に重要な人物が住んで来た家で暮らす中村さんを、単純に比較してはいけないと思った。この後も中村さんは具体的なことがらになると慎重に口を閉ざした”(153p)

4.金城善盛(サイパン)73歳 サイパン生まれ
“もしも国が変な気を起こさず、ただ人と文化がこの海原を自由に行き来できていたとしたら、いまごろどんな世界と僕らは出会えていたのだろうか。かなわぬ夢物語かもしれないけれど観てみたいと思った”(206p)

目次の最後にある「生き抜いた人たち」は、本編以外の二十名の方々の現地でのポートレート(写真)が連なっています。
取材した時期と当時の年齢を考えれば、ほとんどの方が鬼籍に入られたのではないでしょうか。

個人の一生など、国策によって木端微塵になってしまう事実に改めて戦慄を覚えました。
そして、幸いにも(今のところ)国策によって人生を変えられていない時期に生まれた幸運を感謝しました。

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橋口 譲二(はしぐち・じょうじ)
1949年鹿児島県生まれ。19歳で上京。日本各地を放浪の後、写真家となる。
1981年、路上に集まる若者をとらえた『視線』でデビュー。以来、一貫して人間の存在を見つめるドキュメントを発表し続けている。
主な作品に『ベルリン物語』『都市で暮らす一人の部屋』『17歳の軌跡』『対話の教室』(星野博美との共著)、写真集に『俺たち、どこにもいられない』『十七歳の地図』『職』『夢』『動物園 ZOO』『Father』『Couple』『Hof――ベルリンの記憶』などがある。

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