八大龍王伝説
【346 クルックス討伐戦(一) 〜開戦〜】
〔本編〕
「今回のクルックス『共和の四主』の討伐は六将のうち、銀狼将軍ドンク殿、碧牛将軍ボンドロートン殿、そして黒蛇将軍のグロイアス殿に遠征していただく」
ザッドは続ける。
「それぞれの正規の軍勢一万に加え、近衛のいわゆる第七軍より一万ずつ借り受け、クルックス遠征軍は総勢六万となる。今回、残りの三軍――金竜軍、紫鳳軍、蒼鯨軍はその軍の性格上、まだ軍編成が完全には整っていない。故に銀狼軍、碧牛軍、黒蛇軍の三軍のみの遠征とする」
「話は理解できたが……」
近衛軍のグラフ大将軍が口を挟んだ。
「クルックスの共和の四主の兵は公称十万と言われておるぞ。ザッド! 遠征軍としてはおぬしの言った倍の十二万は必要ではないかな?!」
「ご心配はいりません。グラフ大将軍閣下!」
「何!」
グラフの口調がさらに厳しくなった。
「クルックスの兵は十万とは言っても、ほとんどが正規の軍人ではない農民兵の集まり。我ら聖王国の正規軍の六万にかなうものではありません。それに今回の戦いは、共和の四主を完全に根絶やしにするつもりでおります。そのため、一気に元クルックス共和国の首都のスピュアリューア・ユスィソンクルを攻略するのではありません。
まず、周辺の城や町などを順番に一つずつ攻略していきます。このような各個撃破の戦略で行きますので、大将軍閣下のおっしゃるように寡兵で大軍と戦う状況にはなりません。ご安心を……」
「それでは、かなりの時間を要しそうだな。ザッドよ」
次にザッドに問いかけたのはジュルリフォン聖王であった。
「はっ! 聖王陛下。この戦いは、一年程度は要すると小生は考えております」
“一年規模の戦いを考えているのか。黒宰相は……”
口には出さないもののグラフ大将軍は、ザッドのこの戦いにかける並々ならぬ意気込みを感じ取った。
「補給と補充は、第七軍の兵によって行います。グラフ大将軍閣下。是非とも補給に長けた指揮官を推薦ください」
「よかろう。わしはスルモンを推薦する。あ奴は、わしの副官の頃から、後方支援に非常に才を発揮していた」
「ありがとうございます。それでは各軍の進軍は十日後の三月三日とします。それでは、詳しい戦略について話を進めていきます……」
こうして、クルックスの共和の四主討伐戦が決定していったのであった。
「ぐぅ! 聖王国の名は地に堕ちた!!」
グラフ大将軍は真っ赤な顔を一層赤くして、大声で喚き、杯で酒を飲み干した。
「大将軍! お声が大きいです!!」
補給から戻って、グラフに戦況を報告していたスルモンは慌てて周りを見回した。
「構わん! 聖王国の権威が失墜したのだ!! これを嘆かずにはおられるか!!」
「そうではありますが、大将軍のお声が黒宰相ザッドの耳にでも入ると、大将軍の身に何が及ぶか……」
「心配するなスルモン! わしはお前の報告を聖王に直訴する! ザッドを宰相にしてはいけなかったのだ!! それを聖王に直接申し上げる!!」
「いけません! そのような事をいたしましては……。逆にザッドから謀反の罪を被せられて、大将軍の身が危うくなります!!」
グラフの身を心配する言葉をスルモンは再度口にした。
「ではどうすれば良いのだスルモン! ボンドロートンとグロイアスの大虐殺を直ちに止めないと、他国からの非難も噴出し、我が國の存続自体を危うくしていくぞ!!」
「そうではありますが……」
スルモンも口を濁さざるを得なかった。
さて、グラフをここまで怒らせている――否、激怒させている要因はなんであろうか。
話の中で碧牛(へきぎゅう)将軍ボンドロートンと黒蛇(こくじゃ)将軍のグロイアスの名が出てきたが、これらの者達の大虐殺なるものがその原因であるが、それについては順を追って説明していきたい。
先ず、今回の六将制度の在り方について簡単に説明する。
六将はもともと八百年程前の龍王暦二百年頃のソルトルムンク聖王国の制度が元になっているが、その当時の六将と今の六将は違う。
龍王暦二百年の頃の六将は、今までソルトルムンク聖王国で存続していた三将制度――天時、地利、人和将軍の三将軍制度を六将に拡大したものである。六将の軍団はそれぞれに特色があるものの、一般的にはどの軍団もオールマイティにどの戦場でも活躍できた。
それに対して今回の六将は一つ一つの軍団が、一つの特色に特化している軍団なのである。
例えれば、バルナート帝國の四神兵団のようなものであろう。いや、四神兵団以上に一つの特色に特化しているのである。
一つ事例を挙げよう。
ドンクの率いる銀狼(ぎんろう)の軍団である。これは八割がたが騎兵で編成されている。
ブロンズナイトといった低段階の騎兵からシルバーナイトやゴールドナイトといった高段階の騎兵で編成されている騎兵集団である。
残りの二割に関しても騎兵と足並みが揃えられる飛兵や、歩兵にしても移動は全て戦車で行うといった感じである。
つまり銀狼軍団は陸上における機動力に特化した軍団であると言える。
そのドンクの銀狼軍団が、共和の四主討伐遠征開始日の二日前の同年(龍王暦一〇五五年)三月一日に、王城マルシャース・グールを進発した。
総数は第七軍である近衛軍の一万を含めて二万。
その軍勢には当然のこととして、一人の徒歩(かち)もいなかった。
ドンクの二万の銀狼軍は、元カルガス國の首都ナゾレク・エクサーズ――今はナゾレク地方の地方領主シェーレが居住し、かつ公務も執り行っているナゾレク城へ向かった。
銀狼軍はナゾレク城から南東方向へ移動し、元クルックス共和国の首都スピュアリューア・ユスィソンクルの北方から攻める手はずなのである。聖王国がカルガス國の領土を手中にしているために、共和の四主のいるスピュアリューア・ユスィソンクルを北方から攻めることが可能になったのである。
ソルトルムンク聖王国の王城マルシャース・グールからナゾレク城までは直線距離で約千七百キロメートル。
この頃の一日の平均行軍距離は約五十キロメートルである。単純計算で三十四日間かかる。
しかし、ドンク率いる銀狼軍は二十一日目の三月二一日にはナゾレク城に到着したのである。
一日の平均行軍距離は八十キロメートル強である。かなりの強行軍といえる。
かつてバルナート帝國の難陀(ナンダ)龍王率いる朱雀騎士団が元ゴンク帝國の帝都ヘルテン・シュロスから聖王国の東方の城――スキンムル城までの千三百キロメートルの行程を十三日間……一日平均百キロメートルの行軍に比べることはできないが、銀狼軍が設立されて間もなくということと、千七百キロメートルという距離から推し量るに、銀狼軍の機動力は他国からすれば恐るるべきものであろう。
いずれにせよナゾレク城に二日間だけ滞在したドンクは、同年三月二四日、スピュアリューア・ユスィソンクルに向け、二万の大軍を進軍させた。
それに対し共和の四主側は、『風の旅人』に三万の兵を与え、迎え撃ったのある。しかしながら、この聖王国と共和のと四主の戦いは、南方の地域で既に始まっていたのである。
〔参考一 用語集〕
(龍王名)
難陀(ナンダ)龍王(ジュリス王国を建国した第一龍王。既に消滅)
(神名・人名等)
風の旅人(共和の四主の一人)
グラフ(ソルトルムンク聖王国の近衛大将軍)
グロイアス(ソルトルムンク聖王国の黒蛇将軍)
ザッド(ソルトルムンク聖王国の宰相)
シェーレ(ナゾレク地方の地方長官)
ジュルリフォン聖王(ソルトルムンク聖王国の聖王)
スルモン(グラフ将軍の副官)
ドンク(ソルトルムンク聖王国の銀狼将軍)
ボンドロートン(ソルトルムンク聖王国の碧牛将軍)
(国名)
ヴェルト大陸(この物語の舞台となる大陸)
ソルトルムンク聖王国(大陸中央部から南西に広がる超大国。第八龍王優鉢羅(ウバツラ)の建国した國)
バルナート帝國(北の強国。第七龍王摩那斯(マナシ)の建国した國。金の産地)
カルガス國(北東の中堅国。第六龍王阿那婆達多(アナバタツタ)の建国した國。滅亡)
ミケルクスド國(西の小国。第五龍王徳叉迦(トクシャカ)の建国した國。飛竜の産地)
クルックス共和国(南東の小国。第四龍王和修吉(ワシュウキツ)の建国した國。唯一の共和制国家。大地が肥沃。滅亡)
ゴンク帝國(南の超弱小国。第三龍王沙伽羅(シャカラ)の建国した國。現在はツイン地方のみが国土)
フルーメス王国(南の弱小国であり島国。第二龍王跋難陀(バツナンダ)の建国した國)
ジュリス王国(北西の小国。第一龍王難陀(ナンダ)の建国した國。馬(ホース)の産地)
(地名)
スキンムル城(ソルトルムンク聖王国の東部地域の城)
スピュアリューア・ユスィソンクル(クルックス共和国の首都)
ナゾレク・エクサーズ(元カルガス國の首都であり王城
ヘルテン・シュロス(元ゴンク帝國の帝都であり王城)
マルシャース・グール(ソルトルムンク聖王国の首都であり王城)
(兵種名)
ブロンズナイト(第二段階のブロンズホースに騎乗する騎兵。銅騎兵とも言う)
シルバーナイト(第三段階のシルバーホースに騎乗する重装備の騎兵。銀騎兵とも言う)
ゴールドナイト(最終段階のゴールドホースに騎乗する重装備の騎兵。金騎兵とも言う)
(付帯能力名)
(竜名)
(武器名)
(その他)
共和の四主(クルックス共和国を影で操っている四人の総称。風の旅人、林の麗姫(れいき)、炎の童子、山の導師の四人)
四神兵団(バルナート帝國軍の軍団の総称。白虎騎士団、朱雀騎士団、青龍兵団、玄武兵団の四つに分かれる)
朱雀騎士団(バルナート帝國四神兵団の一つ)
〔参考二 大陸全図〕
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