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2015年06月02日11:16

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『 アメリカン・スナイパー 』、原作読了

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『 アメリカン・スナイパー 』の原作をようやく読了した。映画を観た時、原作に何も足さず、何も引かず、ただただ原作を忠実に映像化したものだろうと感じたが、それは大きな間違いだった。原作のクリス・カイルは、映画で描かれたようなナイーブで感傷的な人物ではない。精強とうたわれた、エリート中のエリートであるネイビーシールズの一員で、誰よりもタフな軍人だった。戦場でのストレスが日常の市民生活に影響を与えていることは自覚していたが、戦場では自分の感情を完全にコントロールするパーフェクトな戦士だった。原作が「 PTSDに悩み苦しむ兵士 」の物語などではないのは確かだ。

 クリス・カイルという人物を語る上で決して忘れてならないのは、彼が「 国と国民を守る 」という明快で強靭な意志をもち、さらにはそれを為しえる「 抜群の技術と体力をもっていた 」ということである。彼が何度もイラクに出かけたのは、そうすることが「 国と国民の財産生命を守ること 」に繋がると信じていたためであり、直接的にはイラクに派遣された同胞(アメリカ兵)の命を救うことだったからである。原作で注目すべきは、クリスが一人でも多くの敵を倒すことを切望しながらも、狙撃記録に対しては何の感慨も抱いていないことだ。彼にとって、殺した敵の数よりも、救えなかった同胞の数の方が重要だった。たとえ100人の敵を倒しても、同胞一人の命が失われたならば、それは大き過ぎる犠牲だと考えていた。彼は味方の兵士を生きて国に帰すために、ひたすら敵を倒した。強烈な使命感につき動かされて、彼は戦うのであり、決して、戦争中毒ではない。

 狙撃すれば狙撃するほど、仲間の命を救うことになるのだから、彼は機械のように精確に敵を倒し続ける。敵は悪人だ。その死は自らの行為が招いた当然の報いであって、クリスは自分がしとめた敵に対して、一片たりとも憐憫の情を示さない。原作は、クリス達シールズの作戦行動とシールズ隊員の強い絆の描写に多くのページを割き、戦場と家庭の狭間で揺れ動くクリス夫妻の様子はほんの少し描いているに過ぎない。まして、クリスがPTSDを自覚するのは海軍を退役する直前である。この原作から、どうして、「 家庭を省みずに何度も戦場に出かけた挙句、ついにはPTSDとなって精神の均衡を乱してしまった天才狙撃手の物語 」にできるのか不思議でならない。原作と映画は別モノとはいえ、原作でクリスが読者に伝えたかったこととまるで異なるメッセージを映画に盛り込んでしまうのは釈然としない。これでは、クリスが戦争の哀れな犠牲者に見えてしまうではないか。もし、クリスが完成した映画を観ていたら、「 俺はこんなに女々しくないぞ 」と、きっと笑っただろう。映画がエンターテインメントであり、観客を興奮させ楽しませるものであることを差し引いても、いささか感傷的に過ぎる。映画でクリス達の実際の活動に興味をもたれたならば、ぜひ、原作を読まれることをお勧めする。原作は映画の10倍面白い。強烈な愛国心と使命感に燃える本物のプロがいかに戦かったのか、そこにつぶさに描かれている。

 ここからは、余談。 

 映画ではよくわからないが、原作を読むとクリスをはじめとする米軍部隊が「 厳格な交戦規程 」に則って戦闘していることが理解できる。武器をもった不審人物、というだけでは射殺する正当な理由にはならず、また、正当な行為と認められるためには目撃証人が必要とされる。法廷で殺人罪に問われないよう、兵士たちは交戦規程を遵守しようとするが、それゆえに、しばしば敵に先制攻撃を許すことになってしまう。敵から攻撃を受けて反撃に出る限り、法廷に立たされる恐れはないものの、部隊の誰かが棺に入って帰国する羽目になる。そんな理不尽な状況下で、クリス達は合法的なミッションを遂行しようとするのだ。戦争映画によくあるような、戦場の兵士たちが縦横無尽に暴力を駆使するなど、極めてまれである。もちろん、個人的感情で無垢なる一般人を暴行したり、殺人に及ぶ兵士が皆無だとは断定しない。

 ちなみに、映画ではクリス達の任務は進出する海兵隊員達の援護にほぼ限定されているが、映画ではむしろ、「 ここにシールズがいるぞ! 」と誇示することで、クリス達を襲撃するテロリストを誘いだす任務の方が中心となっている。クリス曰く、「 仕掛けた罠の中に入って、自ら餌になるようなもの 」と語る通り、極めて危険な作戦であるものの、一般人とテロリストを明確に識別するために最も有効な作戦だ。アクション映画として絶好のシークエンスであるにも関わらず、映画がこの描写を避けたのは、クリスが戦争の犠牲者だったとする上で不都合だったのだろう。
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