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2013年05月22日21:36

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『 桜田門外ノ変 』


好きな作家・吉村昭最晩年の作品の映像化『 桜田門外ノ変 』をHDD録画で観た。大老井伊直弼暗殺事件(桜田門外ノ変)は歴史小説の中に登場する一エピソードとして何度も読んではいるが、事件の顛末を詳細に描いたのは吉村昭の同名小説以外に知らない。私が吉村の『 桜田門外ノ変 』を深く記憶にとどめたのは、彼が「 事件の現場にたくさんの指や耳が落ちていた 」ことに言及していたからである。感情を一切交えない吉村の筆だからこそ、不気味なほどに生々しい臨場感がある。なぜ、たくさんの指や耳が落ちていたのか。彼はそこに武士の実情を読み取っている。武士といえども真剣を抜いて敵と斬り結ぶ機会は滅多にない。まず間違いなく、襲撃する水戸藩士も井伊直弼を守る彦根藩士も初めて真剣で斬りあったのだ。双方が必死に刀を振るい、互いに斬られまいと極端に間合いを詰めて激闘したからこそ、指や耳を斬り飛ばしているのだろう。近間での鍔迫り合いで指を押し切ったり、敵の刀を手で掴んで指を落とした者もいたかも知れない。映画は原作のこの部分の描写を避け、いささか大胆な「 時代劇らしい殺陣 」を採用しているが、白刃を振るっての雪中の乱戦は迫力があった。

 もうひとつ。登城する井伊直弼の行列の描写が素晴らしい。降雪の中、供侍達が袴をたくし上げ、油紙の合羽を着用し、両刀に雪の水気が入らないように鍔元から柄部分を油紙で覆い、紐できちんと結ぶ。両手は交差して刀の柄に載せ、低く跳ねるように進む(刻み足、という歩法らしい)。本当にこの考証が正しいのか、と疑問に思うほど「 珍妙な光景 」なのだが説得力があり、私は映像に惹きつけられた。襲撃を受けながら、駕籠脇を警護する馬廻りの侍達が反撃に手間取ったのもわかる。彼らが抜刀するには紐をほどき、油紙を外さねばならないが、寒さで手がかじかんで思うように指が動かなかったのだろう。印象に残るシーンである。 

 映画終盤、主人公・関鉄之助(大沢たかお)の「 井伊一人倒すために、いかに多くの人々が死なねばならなかったのか 」という言葉が実に重い。井伊暗殺は、襲撃された側はもちろん、襲撃した水戸藩士グループとその関係者にとっても悲劇以外のなにものでもないことを突きつける。主人井伊直弼を守り切れなかった責任を追求され、行列に参加した中間以上の侍は全員が切腹して果てた。
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