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2012年05月12日08:41

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『 花のあと 』

 山紀之演じる、寡黙で一途な若侍の爽やかな物語に、大いに感動させられた時代劇『 山桜 』。あの感動よ再び、というわけで、彼が主演した同じ藤沢周平原作の映画化『 小川の辺 』をレンタルDVDで観た。こちらの方は、駄目だった。東山の所作は『 山桜 』同様に見事だったが、お話の展開がまるでいけない。どことなく消化不良ですっきりしない気分に陥っていたところ、「 北川景子主演の『 花のあと 』が良い 」との噂を聞き、さっそく借りて観た。これが大当たり。時代劇を観た、という確かな手ごたえと満足感に浸ることができた。

 組頭・寺井甚左衛門(國村隼)の一人娘・以登(北川景子)は幼い頃から、父に夕雲流の手ほどきを受け、藩内でも彼女に敵う者がいないと評判の娘であった。海坂藩恒例の二の丸の花見で、以登は見知らぬ若侍に声をかけられる。それは羽賀道場一の遣い手、江口孫四郎(宮尾俊太郎)であった。孫四郎は自分の不在中の道場にいとが試合に訪れ、ことごとく門弟達を破ったことを知って、「 いつかお手合わせをお願いしたいものです 」と丁寧に挨拶をした。孫四郎の真摯で爽やかな笑顔が、以登の心に鮮烈に刻まれた。彼女は父・甚左衛門に、孫四郎と試合をしたいと願い出て、彼と竹刀を交える機会を得た。以登の剣を軽んじず、真正面から向かってくる孫四郎と激しく撃ち合いながら、彼女の心には孫四郎に対する何かが芽生えていた。しかし、以登には片桐才助(甲本雅裕)という許婚がある。まして、孫四郎は平藩士の部屋住み(無役)で、組頭五百石の寺井家とは家格が違う。以登の気持ちを鋭く見抜いた父・甚左衛門は、「 孫四郎は好漢だが、二度と会ってはならぬ 」と厳命する。ほどなくして、孫四郎は代々、奏者番を務める内藤家三百石に婿養子に入るが、妻となる加世は以前より切れ者の藩用人、藤井勘解由(市川亀治郎)と不倫の仲にあった。奏者見習いを始めたばかりの孫四郎に、幕府老中へ書状を届けるという大任が下る。それは用人・藤井の強い推挙によるものだったが・・・・。


 これまで、北川景子という女優を意識したことはなかったが、実に素晴らしい映画だった。寡黙で、凛とした以登の美しさの中に決然たる強い意志が感じられ、見事なサムライぶりである。物語の中に、武士として生きる男、武家の娘として生きる女、それぞれの「 悲哀と定め 」が細やかにと描かれているのもさすがだ。三池崇史監督作品で話題となった『 十三人の刺客 』『 一命 』が、最初から武士社会を描くことから逃げてしまっているのとは大違いである。















 この先、ネタバレを含むので、未見の方はご遠慮願いたい。











 この作品を高く評価する理由はいくつかある。まず、第一は登場人物の心の動きを言葉で表現するのでははなく、表情や仕草で伝えていることである。主人公・以登はもちろん、父・甚左衛門、孫四郎、仇敵・藤井に至るまで、決して多くを語らない。語らないが、彼らの心の動きがしっかりと伝わって来る。特に、孫四郎を密かに思う以登が良い。孫四郎が江戸屋敷で自裁したことを知ってからの彼女の表情には、凛とした美しさの中に、「 決然とした意志 」がはっきりと観て取れる。厳しくも美しい北川景子の眼差しがこの作品に涼やかな透明感を与えている。

 第二は、以登の見事な女剣士ぶりである。彼女が羽賀道場の高弟達を打ち負かしたシーンは映画にはないが、原作には、「 ・・・以登が父から学んだのは、打って打たせ、打たせて打つその一瞬の遅速の間に勝敗を賭ける攻撃の剣 」とある。藤沢周平の言うこの「 神速の技 」が、映画ではしっかり視覚化されている。北川景子の動きに、剣の重さを感じるのも良い。特に、孫四郎と庭で試合ったシーン。袋竹刀とはいえ、申し合いの棒振りダンスにならず、スピードに乗った、緊張感あるものだった。彼女の太刀筋をここで見せておくことで、クライマックスでの藤井達との戦いが理解しやすくなっているのは見事な配慮と言える。刀と刀を打ち合わせる回数が多いのは気になるが、「 やや重い金属音のSE(効果音) 」を当てているので救われている。さらに、敵を一人倒すごとに北川景子の息が荒くなり、肩で息をするところ、女性らしい甲高い必死の気合(掛け声)には迫力があり、斬り合いのリアリティを感じさせる。

 第三は、父・甚左衛門、許婚・片桐才助の「 男としての度量の大きさ 」が静かに、しかし、しっかりと描かれていたことだ。この作品の持つどっしりとした温かさと安定感は、そこにこそある。父・甚左衛門は、娘・以登の孫四郎への思慕に気づきながら、素知らぬふりをして娘の求めに応じ二人を試合させるが、娘の恋心を汲むことは無い。甚左衛門にとって「 寺井家の跡取り 」となる娘の婿に相応しいのは孫四郎ではなく、片桐才助であることを見抜いていたからだ。清清しい二枚目で藩随一の剣士・孫四郎と、大飯食らいで風采の上がらない三枚目の才助の好対照が実に効果的であった。その才助は、孫四郎自裁の謎を解明しようとする以登に協力し、藩内の探索を開始。以登が孫四郎に寄せる思慕を知りつつも、真相究明に邁進して、ついに孫四郎が巧妙に仕組まれた罠にはまったことを突き止める。以登が孫四郎の復讐を果たしてからの後始末や、翌年の花見で見せた「 桜の花を愛す 」様など、才助の人間的な魅力が豊かに描かれている。エンドロール、以登のナレーションで才助が昼行灯とあだ名されながらも、長く筆頭家老を務め上げたことを紹介し、彼が「 本物の俊才 」だったとわかる。実に見事な大団円だ。
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