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2011年06月01日12:20

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『 殺人の追憶 』。

 ヴィッド・フィンチャーの『 ゾディアック 』の話題から、マイミクTAOさんに薦めていただいたのが、韓国映画『 殺人の追憶 』だ。韓国映画とは相性の良くない私だが、「 犯罪映画史に残る傑作 」とTAOさんに激賞されれば、避けて通るわけにはいかない。さっそく、レンタルショップで借りて来た。

 1986年10月23日、韓国の農村地帯で女性の死体が発見された。捜査課のパク・トゥマン刑事(ソン・ガンホ)は耕運機の荷台に便乗して現場に向かうと、田んぼの側溝の中に女性、パク・ポヒの亡骸を確認する。彼女は暴行を受け、自分の着衣で後ろ手に縛られた上、刺殺されたのだった。正義感の強い、パク刑事の精力的な捜査が始まる。彼は自分の直感を信じ、「 怪しい 」と目星をつけた容疑者を拘束すると、相棒のチョ・ヨング刑事(キム・レハ)と共に拷問を加え、自供を引き出すという「 極めて原始的で野蛮な捜査方法 」をとっていた。
 続いて、第二の犠牲者が発見された。畑の中で見つかった女性、イ・ヒャンスクは暴行され、自分の着衣で後ろ手に縛られ絞殺されていた。現場に遺留品を一切残さず、被害者の着衣を使うという犯行の類似点から、連続強姦殺人事件であることは明らかだった。パク刑事は交際している元看護婦のソリョン(チョン・ミソン)から、焼肉屋の息子クァンホが殺されたヒャンスクにしつこく付きまとっていたことを聞き、直ちに拘束。彼は生まれつき頭が弱く、顔に大きな火傷の痕と手指が不自由という障碍があった。ヨング刑事が痛めつけ、パク刑事がなだめるという単純な取調べで、クァンホはあっ気なく犯行を自供。彼が犯人だと決め付けたパク刑事は、クァンホのスニーカーを現場に持ち込んで足跡を撮影し、証拠を捏造する。パク刑事には犯人逮捕が最優先であって、過程は問題ではないのだった。報道陣を招き、大規模な公開現場検証をすることになったが、ソウルから異動してきたソ・テユン刑事(キム・サンギョン)は事件の資料を精読するうちに、クァンホが犯人ではありえないことを確信する・・・・。


 1980年代後半から90年代初頭の韓国で実際に起きた『 華城連続強姦殺人事件 』をベースにした映画だが、犯行現場に野次馬が集まり、子どもが走り回るなど、まるで『 三丁目の夕日 』のような雰囲気が漂う。被害者の下着を子どもが拾って投げあったり、現場に残された足跡を耕運機のタイヤが踏んでしまうなど、現場保存の原則を守ることもできない。強姦殺人の被害者の遺体を見物人が取り囲み、警察の鑑識より新聞記者が先に現場に到着して死体写真を撮影。被害者の人権も何もあったものではない。人々の生活や警察の捜査方法もあまりに牧歌的で、日本から30年は遅れているだろう。当時の韓国は軍事政権下にあり、警察はなによりも反政府運動取締に精力を傾けていたとされ、当然、防犯や犯罪捜査は二の次だった。また、自供を重視するあまり、容疑者取調べでは日常的に拷問や供述の誘導が行われていた。警察署のトイレに「 拷問禁止 」のポスターが掲載されていたり、女性容疑者に性的暴行を加えて自供を迫った元刑事の裁判の模様が劇中のテレビニュースで流れるなど、韓国のとんでもない実情が伺えるのも興味深い。最近でも、芸能界の性接待強要で女優の自殺が続いたり、芸能事務所のギャラ不払い、契約不履行など日本ではおよそ考えられない「 韓国の日常 」に驚かされたが、この映画を観ると、つい20年前まで警察捜査でこんな出鱈目がまかり通っていたのだと理解できる。

 映画では、「 俺は人を見る目だけは確かだ 」と長年現場で培って来た直感に頼る野性派のパク刑事と、「 書類は嘘をつかない 」と資料や調書を重視する理論派のソ刑事の捜査手法を平行して描いていくが、証拠を基に推理を駆使して真犯人に肉薄する刑事ドラマとはなっていない。正義感に突き動かされる彼らの捜査は、熱意は感じられるがあまりに稚拙だからだ。パク刑事もソ刑事も、容疑者のアリバイの有無について全く興味を示さないばかりか、犯行が雨の日に限られていることや殺害方法などの嗜好から犯人像を浮き彫りにしようという努力は皆無である。科学捜査どころか、そもそも基本的な捜査手法が間違っている。それでも、わずかな手がかりから犯人の動きを追って行く描写は、尋常ではない緊迫感だ。このあたりは、韓国映画のもつ独特な間や省略が生きている。特に、映像に犯人の視点を交えることで、視聴者(観客)に「 犯人の存在 」を生々しく、より身近なものとして伝えているのは見事だ。多くの場面でBGMがないが、ここぞというシーンで突然、大胆にBGMが入るのにはびっくりさせられる。

 事件を追う捜査員が三者三様で、それぞれが捜査の壁にぶち当たって苦悩する様は確かに『 ゾディアック 』によく似ている。単にヤマ勘で動いていたパク刑事は論理的なソ刑事の捜査方針に共鳴・転換して行くが、論理的な捜査を信条としていたソ刑事は反対に最後は「 書類 」ではなく、自分の直感に耳を傾けるようになるのは皮肉だ。いずれの事件も迷宮入りとなるが、ほぼ犯人を特定することができた『 ゾディアック 』に対し、容疑者を絞り込むことさえできなかった『 殺人の追憶 』は恐怖と不快感を残して終る。このラストシーンは凄い。正に、犯罪映画史上に残る、圧倒的なエンディングだ。犯罪映画がお好きな方にはぜひ薦めたい。

【 追記 】 2019年11月26日 発生後30年を経て、真犯人が浮上。当時の警察のずさんな捜査が露呈することになった。
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