mixiユーザー(id:6007866)
2011年03月03日09:37
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『 遺恨あり 』
録画しておいたスペシャルドラマ『 遺恨あり 明治十三年 最後の仇討 』を観た。放映されること自体気がついていなかったのだが、マイミクのエド・ウッド�契い気鵑痢� つぶやき 」で知った。例によって、新聞のＴＶ欄をチェックする習慣の無い私に替わり、家内が録画しておいてくれたのだ。ありがたい。この作品は私の大好きな作家・吉村昭の小説『 最後の仇討ち 』の映像化である。原作未読で、このドラマを観られたことは実に幸いであった。物語の展開を知らないまま、心底楽しむことができたからだ。
江戸城の無血開城から間もない、慶応四年（1868年）五月。秋には明治と年号が変わろうとする激しい変革の時代、九州の秋月藩執政・臼井亘理（わたり）は寝所を襲撃され、妻・清（きよ）と共に惨殺された。臼井は改革派で、新政府を中心とした中央集権国家を作って諸外国に対抗することが日本の将来のためであると考えていた。そのため薩長閥に協力し、新政府への出仕が決まっていたが、国家老・吉田悟助を中心とした藩内保守派からは「 変節漢 」の烙印を押されてしまったのである。吉田の命を受け、萩谷伝之進、一瀬直久ら保守過激派・干城隊は臼井邸に乗り込んで、一瀬が臼井を斬り、夫の窮地を助けようと干城隊リーダー・萩谷の腕に噛み付いた妻・清は萩谷によって惨殺された。異変に気がついた下女・なか（10歳）は臼井夫妻を殺害した干城隊が引き揚げる姿を目撃。同じく、駆けつけた長男・六郎（11歳）は血の海に横たわる首のない父・亘理と、ずたずたに斬られて絶命した母の亡骸を見つけ、大きな衝撃を受けた。犯行現場に残された「 合い印 」から、下手人は干城隊であることは明白。清の兄・上野四郎兵衛達は国家老の吉田に訴え出るが、吉田は「 臼井には討たれるだけの理由があったであろうし、討った者達にもそれなりの志があったはず 」と取り合わない。下手人が誰であったか詮議はなされず、かえって臼井家の禄高を150石から100石に減じるという理不尽な処分が下され、臼井夫妻殺害事件は強引に幕引きされたのである。四ヵ月後、元号は明治に。新政府によって廃藩置県が断行され、武士は「 士族 」という名の失業者となった。藩は無くなり、主家も無くなったが、六郎は両親の仇討ちを固く心に誓っていた。
明治六年、父の仇・一瀬直久（小澤征悦）が太政官の役人となるため上京すると知った六郎（藤原竜也）は、絶命した父が握り締めていた形見の脇差を腰に後を追う。仇討ちをする最後の機会だからだ。しかし、一瀬は心形刀流免許皆伝。物陰に潜む六郎の殺気を感じ取って立ち止まると、静かに刀の柄に手をかける。腕の違いは歴然としていた。六郎は物陰に隠れたまま臆し、刀を抜くこともできない。殺気が消えたことを確認した一瀬は何事も無かったかのように、街道を去って行った。やがて、明治政府から仇討ち禁止令が出された。仇を討った者は死罪。しかし、六郎は諦めない。明治九年、小学校の代用教員を辞めた六郎は、法務官として各地を異動する一瀬を追って、上京。下女・なか（松下奈緒）は一瀬の消息をつかむため、福岡県庁に女給として働き、六郎を助ける。凄惨な殺害現場を目撃した二人は、仇討ちのために心をひとつにして邁進したが・・・・。
いや、これは素晴らしいドラマだった。一瀬直久を追う主人公・六郎の長い歳月を丁寧に描いているのは、緻密な取材によって事実を積み上げていく吉村昭作品らしさに溢れている。また、キャストが良い。よくぞここまで豪華なキャストを集めたものだ。味のあるキャストが配置されたことで、ドラマに深みや厚みが出ている。中でも、上京した六郎と偶然知り合って、住み込みの内弟子とする山岡鉄太郎（鉄舟）を演じた北大路欣也、六郎の伯父・上野四郎兵衛を演じた相島一之は抜群の存在感を見せてくれた。この物語を映像化し世に送り出そうとする制作者達の真摯な思いが感じられ、大いに感心した。
特筆すべきは、「 真剣のもつ恐さ 」を見事に表現していることである。いくつかのシーンでは刀を抜かず、柄に手をかけている演技だけで凄味が伝わって来た。これでドラマが面白くなかったら嘘である。重厚な音楽（溝口肇）とあいまって緊張感ある見事な時代劇となっていた。
この先、ネタバレを含むので、未見の方はご遠慮願いたい。
見事、本懐を遂げた場面で物語が終らないのが、吉村昭作品である。むしろ、その後日談にこそ、物語のテーマがあると言えるだろう。ドラマの後半は、六郎の裁判から判決までを描く。自首した六郎を裁く上等裁判所判事・中江正嗣（吉岡秀隆）は、六郎が討った一瀬直久の後輩であった。中江は六郎の仇討ちを「 私情をはさまずに一般の殺人として裁く 」と明言していたが、同時に六郎の行為を「 名誉の仇討ち 」と高く評価する世論に反感を覚えていた。土佐の郷士出身の中江には「 士族 」に対する強い偏見があり、武士の誇りや美徳など認めるわけにはいかない。六郎を厳しく断罪することで、自分が「 武士の世 」を終らせようと固く決意していたのだ。しかし、関係者を聴取するうちに、彼の中に大きな迷いが生じていく。特に、妹・清が殺害された伯父・上野四郎兵衛が、「 あれだけ仇討ちをやめさせようとしていたのに、六郎が一瀬を討ったと聞いた時には嬉しくて涙が出た 」と本心を語るシーン。干城隊に命じ、一瀬に臼井を暗殺させた張本人である元・国家老の吉田（石橋蓮司）は六郎の仇討ちを褒め称え、「 本来なら、秋月藩にとって貴重な人材となったであろう 」と我がことのように喜ぶシーン。いずれも、仇討ちが単なる殺人ではないことを中江に思い知らせるには十分だった。
山岡鉄舟は言う。「 この国は今、西洋に追いつこうと何もかも見境無く捨てて、心のありようまで変えようとしている。だが、そうやってできた新しい日本に我々の子孫は誇りをもつことができるのだろうか。我々は、何か大事なものまで捨てようとしているのではないか 」 我々日本人が失ったもの。それが何であったのかを視聴者に痛切に感じさせるドラマだった。
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