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2010年12月30日09:00

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『 忠臣蔵 その男、大石内蔵助 』

 映されたことをすっかり忘れていたが、マイミクのスタヤンカさんが「 復讐だけでなく、周辺を丁寧に描いており、思ったより良かった 」とつぶやかれたので気になっていた『 忠臣蔵 その男、大石内蔵助 』を録画で観た。大石内蔵助良雄を田村正和が演じると知った時から、あまり期待はしていなかった。田村ではあまりに線が細過ぎるからだ。おそらく、映画・ドラマで映像化された忠臣蔵史上、「 最も繊細で脆弱 」な大石内蔵助であろう。もっとも、昼行灯と周囲から陰口をたたかれていた地味で目立たない大石を、見るからに精悍で頑健なイメージの俳優が演じるのはかえっていけない。三船敏郎や松形弘樹、松平健はこの点でNGだ。私は『 峠の群像 』の緒形拳が最もバランスがとれた大石で、良かったと思っている。

 ちなみに、事件の主役となった浅野内匠頭長矩については、いささか未熟な人物であったと言わざるをえない。我慢に我慢を重ね、ついに堪忍袋の緒が切れたことは良い。しかし、殿中でいったん刀を抜いた以上、吉良を討ち果たしてこそ武士。五味康祐『 薄桜記 』によれば、殿中で刃傷沙汰を起こした武士は浅野内匠頭を含めて三人存在するそうだが、相手を殺害できなかったのは彼だけである。何故か。後の二人が小刀(殿中差し)を相手に突き刺したのに対し、浅野内匠頭は斬りつけたからだ。武器としての小刀の扱い方を知らなかったか、感情が激高し遮二無二斬りつけたか、いずれにしても「 武士としては失格 」と五味康祐は厳しく断じている。浅野内匠頭が吉良を仕留めてさえいれば、赤穂藩は取り潰されても家臣に遺恨は残らなかったに違いない。結局、彼はその未熟さゆえに浅野家と家臣の未来を奪ったことになる。

フォト


 さて、『 忠臣蔵 その男、大石内蔵助 』である。テレビドラマスペシャルとして少々安っぽい作りであったことに目をつぶれば、時代劇を見慣れない一般視聴者にも理解できる、見事な忠臣蔵ダイジェストとなっていた。ナレーションを多用し、物語の展開をうまく説明したことも含め、エピソードの絞込みとその膨らませ方は素晴らしい。特に、立花左近のシーンは特筆に価する。物語中盤、大石が天野屋に工面してもらった武器を江戸に運ぶ途上、関所を無事に通過するため「 九條家用人 立花左近 」を名乗っていたが、小田原の宿場で本物の立花左近一行と遭遇してしまうのである。自分の名を騙る偽者がいると知った立花左近(北大路欣也)は怒りに燃えて、偽・立花左近(大石内蔵助=田村正和)の本陣に押しかける。「 それがし、九條家用人・立花左近 」と名乗る本物に、大石は「それがし、九條家用人・立花左近 」と堂々と名乗り返す。ここからの二人の対決が圧巻。本物なら九條家の道中手形を見せよと迫る立花に、大石は文箱から偽の道中手形をうやうやしく出して、立花に差し出す。立花が開くと、道中手形は白紙であった。意外な展開に戸惑う立花。文箱の家紋が「 丸に、違い鷹羽 」赤穂藩浅野家のものであることに気づき、くわっと目を見開く。驚いた立花は大石に目を向けるが、眼前の大石は身動きもせず、静かに立花に正対している。全てを悟った立花は、自分こそ偽物であると大石に謝罪し、「 せめてもの罪滅ぼしに手前が偽造した九條家の手形をお納めください 」と本物の道中手形を譲り渡す。堂々たる北大路の立花に、繊細でか細い田村=大石が一歩も退かず、決死の覚悟で臨んだことが伝わるからこそ、このシーンは生きた。そして、偽・立花が大石内蔵助であると察した立花が見せる「 武士の情け 」の美しさ。北大路がなんとも巧い。去っていく立花に対し、ふすまの向こうで道中手形を手に深々と頭を下げる田村=大石の姿に、目頭が熱くなった。

 田村正和の大石内蔵助良雄、実に見事だった。弱々しく、はかなげな田村だから成立する『 忠臣蔵 』があるということを痛感した。
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