mixiユーザー(id:6007866)

2009年01月16日23:49

29 view

『告発のとき』

 人達に時々お薦めの映画を紹介されるが、できる限り、観るようにしている。不運にして好みに合わないことも少なくないが、時に、大傑作と遭遇することがあるからだ。マイミクのTAOさん、なんなんさんにお薦めいただいた『告発のとき』(原題:『In the Valley of Elah』)が正にそれである。

 陸軍を退役し、故郷で仕事をしているハンク・ディアフィールド(トミー・リー・ジョーンズ)には、イラクに出征している次男マイクがいた。ある朝、彼の元にフォート・ラッド米陸軍基地から「ご子息が無許可離隊しました」と連絡が入る。4日前に本国に帰還し、戦友たちと一緒に外出したが、マイクだけが基地に帰らなかったというのだ。陸軍を愛する息子に限って、不名誉な脱走などするはずがない。基地に戻らず、連絡もしてこないのは何か事情があるに違いないと確信した彼は、手荷物をまとめ、フォート・ラッドへ向かう。基地では担当の軍曹に息子の宿舎を見せてもらい、分隊員に紹介される。息子の私物の聖書を持ち帰っても良いかと尋ね、「残念ながら、それは規則でできません」と断られるが、彼は引き出しで見つけた息子の携帯電話をそっとポケットに入れて帰る。基地を出た彼は、地元警察を訪ね、息子の捜索願いを出すが、軍人捜索の管轄は軍警察だと受け付けてもらえない。受付で粘って、女性刑事エミリー(シャーリーズ・セロン)のデスクまで書類を持ち込むことに成功した彼は、失踪した息子の現金引き出しとクレジットカードの履歴を銀行に電話して調べるように依頼するが、彼女は「警察ドラマの観過ぎよ」と断わってしまう。
 翌日、ハンクの滞在するモーテルに報せが入る。マイクの遺体が発見されたというのだ。めった刺しで殺された上、遺体はばらばらに切断され、薪(たきぎ)のように積み重ねて焼かれてしまったのだった。いったい、息子の身に何が起こったのか。現役時代、軍警察の犯罪捜査課で活躍していたハンクは単身、捜査に乗り出す。
 ハンクが息子の宿舎から持ち出した携帯は壊れていたが、街の携帯修理業者に修理を依頼し、修復された動画がメールで送られてくるたびに、息子がイラクで何を見て、何を感じたのかが徐々に浮かび上がってくる過程はスリリングである。息子はイラクで「何か見てはならないもの」を目撃したのか。殺害しただけで飽き足らず、切断し焼くという常軌を逸した行為に犯人を駆り立てた理由は何か・・・。ハンクと、彼に協力するエミリーの捜査は、辛く衝撃の真実に突き当たるのだった。

フォト


 ハンクが愛国者であり、陸軍軍人として誇りをもって生きていることは、彼の生活を見ているとよくわかる。国旗に敬意をはらい、自宅でもモーテルでも、軍隊時代と全く変わらずベッドメイキングをし、革靴を磨き、パンツに折り目をつけ、女性に紳士的に接する。マイクはそんな彼を父親として誇りに思い、父親のようになりたいと陸軍に志願したのだ。ハンクが息子を信頼し、息子が巻き込まれた事件を解明すべく、真実に向かって忍耐強く前進する様は見事だ。変わり果てた息子の亡骸を前にして、検死した軍医に沈着冷静に遺体損壊の状況を質問する姿は、過酷な戦場体験をした軍人ならではだろう。並みの父親なら、息子の痛ましい亡骸を目にして取り乱し、嘆き哀しんで当然だ。しかし、「いかなる現実であろうと、それを受け容れなければならない」と顔色ひとつ変えず、ハンクは「息子の死の原因」追究に傾注する。父親として、軍人として、寡黙で、規律正しく、強靭な彼の姿勢が本編を貫いているからこそ、本作は静かで骨太な作品となったのは間違いない。ヴェトナムでMIA(戦闘中行方不明)となった息子の生存を信じ、命がけで救出に向かう父親を描いた『地獄の七人』を「動」とすれば、『告発のとき』は正しく「静」である。いずれの父親も軍人である息子への信頼と愛に充ちている。国を愛し、国のために戦った軍人を誇りに思える国民は幸福だ。ハンクは、第82空挺師団に在籍していた長男を演習中の墜落事故で失っている。そして、今回、イラクに出征した次男マイクを帰還後に失った。二人とも、軍人にならなかったら、別の人生を送ることができただろう。しかし、ハンクは彼らに別の道を歩かせなかったことを後悔しているかといえば、それはない。ハンクは昔も今も、アメリカ国民として合衆国を愛し、信頼し、軍人であることに誇りを持っているに違いない。邦題は、テーマをうまく表現しているようで、実は勇み足を犯しているのだと私は思う。原題『In the Valley of Elah』は、旧約聖書にある「ダビデとゴリアテ」のエピソードに由来する。イスラエル軍の全将兵が恐れをなした敵の精兵ゴリアテに少年ダビデが戦いを挑み、彼らが戦った場所が「エラの谷」だ。ダビデが勝利したのは、正義(神の守りと導き)があったからであり、現代のダビデ(アメリカ)に果たして「それ」があるのか否かを問うのが、この原題の意図するものであろう。ハンクが欲するのは国や軍を告発することではなく、「愛する国を救って欲しい」という意思表示だ。それこそが、愛国者であり、軍人であるハンクにふさわしい行為である。
0 14

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2009年01月>
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

最近の日記

もっと見る