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2009年01月12日21:24

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『ノーカントリー』

 場に出かける余裕がないので、仕事の合間にDVDをレンタルして来た。休憩しながら、気分転換に細切れに映画を観るのは楽しい。映像に集中して、予定より長い休憩になってしまう可能性があるが、それは面白い作品に遭遇したということでもあり、喜ばしいことだ。うまく気分が切り替わった後は、案外、仕事も捗るものである。

 レンタルショップで「お薦めナンバー1」に挙げられていたのが『ノーカントリー』だ。コーエン兄弟監督作品だと気がついていれば、借りなかったのだが、ジャケットの情報を読まないのが常である。監督も主演も気にせず、ただ、トミー・リー・ジョーンズの名前だけを頼りに借りることに決めた。これが正解だった。

 1980年、メキシコ国境近くの荒野。ベトナム帰還兵で溶接工のモス(ジョシュ・ブローリン)は、スコープ付きのライフルでハンティングをしていた。車を停め、徒歩で荒野を移動中、彼は不自然な形で停車している数台の車を双眼鏡で発見し、注意深く接近する。車輌の周囲には、犬や武装した人間の射殺体がたくさん倒れていた。それは銃撃戦の果て、合い撃ちになった二組のギャンググループで、トラックの荷台には大量の麻薬が残されていた。運転席に虫の息の生存者を見つけたモスは「銃撃戦に生き残った者はどこへ行った」と尋ねるが、生存者は「・・・水をくれ」とうわ言のように繰り返すのみ。「残念だが、水は持っていない」 モスは生存者のサブマシンガンを取り上げると、生き残った者の追跡を開始する。やがて、前方の樹の下に人影を発見した彼は、射程距離の外から双眼鏡で監視を続け、一定時間、人影が身動きをしないことを確認して、接近。樹の下にいたのは、銃撃戦で致命傷を負ったものの、現金200万ドルを持って徒歩で逃げた男で、ここまで到達して絶命したのだった。モスは、200万ドルの鞄を自宅に持ち帰ると、妻に「明日、実家へ帰れ」と命じる。このチャンスを逃さず、ギャング達の追跡を振り切って、大金を手にすることに決めたのだ。しかし、200万ドルを取り戻すために、組織が手配したのは機械のように精確で、冷淡な凄腕の殺し屋アントン・シガー(ハビエル・バルデム)だった。はたして、モスは殺し屋アントンの追跡をかわすことができるのだろうか・・・。

フォト


 映像の緊張感が凄い。登場人物は少ないが、それぞれのキャラクターが見事にたっている。モスは、自分が決めたことを必ず成し遂げる強靭な意志と能力を持っている。一度始めたら、決して後戻りしない男だ。彼を追う殺し屋は寡黙で、目撃者は全て容赦なく殺戮する。自らを「コインのように生きてきた」という運命論者であると同時に、ルールに従って行動することを最善とする。暴走する殺し屋に手を焼き、組織のボスは新たな追っ手(殺し屋)、カーソンを手配するが、彼は殺し屋アントンをよく知る有能な追跡者である。カーソンもまたベトナム帰還兵だが、重傷を負って入院したモスの所在を難なく突き止め、「殺し屋に捕まれば君は必ず殺されるが、自分に金を渡せば命は守ってやる」と紳士的に提案する。そして、助手を殺し屋に殺されたエド・トム・ベル保安官(トミー・リー・ジョーンズ)。経験豊富で、知恵も勇気もある彼は大金を持ち逃げしたモスをなんとか助けようと奔走するが、人々の心が荒み、犯罪が凶悪化していく社会に何もできないと力不足を悔いる毎日を過ごしていた。どのキャラも、なんとも魅力的な人物造型ではないか。これで物語が面白くないのだとしたら、それは嘘である。しかし、物語は思わぬところで思わぬ方向へ展開し、大きな肩透かしを食わされることになるのだ。

 モスがベトナム帰還兵、組織が新たに命じた追っ手もベトナム帰還兵。そして、間違いなく、殺し屋アントン・シガーもベトナム帰還兵、それも高いサバイバル能力から考えて、特殊部隊上がりであろう。殺し屋アントンは高圧空気でボルトを射出する屠殺用の空気銃を使う点ばかり注目されているが、彼が殺人に用いるのは1度だけで、ドアのシリンダー錠を破壊する目的の方が主である。他の殺人シーンではサプレッサー付きのショットガン、あるいはサブマシンガンを使っている。むしろ、アントンの面白さは屠殺銃ではなく、彼が大切にする「ルール」の存在にこそ、あると思う。彼がルールを尊重するのは、命令を遵守することで成り立つ軍隊経験の名残であり、たびたび「自分はこのコインのように生きて来た」とつぶやくのは特殊部隊として危険極まりない任務を生き抜いてきたことに対する自虐の思いからだと推測する。過酷な戦場体験者の多くが、経験や技能ではなく「運命」が生き残りに大きく作用することを信じるようになるのだと聞く。モスと殺し屋アントンの対決こそ「兵士と兵士の戦い」であったのだと考えると、その一途な激しさには合点が行くことは多い。ほろ苦い物語をしめくくるのが、保安官エドであるのは観客にとってかすかな救いであろう。

 『ノーカントリー』(原題:No Country for Old Men) 2007年米、コーエン兄弟監督作品。第80回アカデミー賞、作品賞、監督賞、助演男優賞、脚色賞を受賞。
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